コロナ禍も続く中、どのように女性たちは気持ちを前向きに保ち、生きていけば良いでしょう。人生の大先輩である評論家、樋口恵子さん(89)に全3回に分けて聞いた人生のコツ。今回は最終回です。鍵となる復元力を持つための知恵を話してもらいました。
育児は辛いもの…けれど、母だけが背負うものじゃない
── 私たちの生きづらさはさまざまな場所に根をおろしていると思いますが、なかでも「育児が辛い」という声をよく聞きます。
樋口さん:
育児が辛いのは当たり前ですよ。赤ん坊なんて天使4分、悪魔6分。育児というのは、人間一生の中で、一番の辛抱どころだと思っています。
自分より絶対に弱い存在であり、子供は親を選ぶことができない。この親は嫌だと思っても、途中で変えてもらうことはできません。物にさえ製造物責任があるのだから、人間の産んだ責任がとわれなければ人間じゃないと思います。
ただ、まわりや社会が支える仕組みが絶対に大切です。母親一人がやらなければいけないことではなく、どんな支える仕組みができているかで社会の善良さ、寛容性がわかります。
── そうですね。誰かに皺寄せが偏ることなく、社会で支え合えればいいと思うのですが。今はまだまだ「生きにくい時代」と言われていますよね。
樋口さん:
それはこんな生きにくい、息苦しい社会はないと困っている方々はお思いでしょうね。
ただ、今を生きにくいとしたら、その前の時代は食べるという意味で生きにくい戦後の社会でした。残念ですが、生きにくさはいつの時代もあります。コロナ禍で女性の自殺が増えていますね。支え合いの方法をみんなで考えていく必要があるのではないでしょうか。
また、勉強は大切です。勉強していないと自分が一番不幸だと思ったり、立ち直る力を居直るようにあきらめたりしますから。日々、何事も学習は大事ですね。
ロールモデルによって人は強くなれる
── 樋口さんは5月で89歳になられましたが、現在も新聞紙面でお名前を拝見したり、著書を執筆されたりと活躍しています。改めてその力の源はなんだと思いますか?
樋口さん:
落ち込んでも、失敗しても、立ち直る復元力が重要だと考えています。復元力とは、どんな状況が起きても適応し、生き延びていく力です。社会の変化が激しい今も注目されていますね。私は、その復元力を持つためには、お手本となるモデルを見つけ、自分もできると思うようになることが力になると思っています。
私の場合、日本の短歌・俳句を改革した正岡子規の3歳下の妹、正岡律がモデルですね。
正岡子規は7年の病床生活を経て、35歳で亡くなりました。その間、律は老母も支えながら介護を続けました。律は小学校4年までしか学んでいません。正岡子規の介護で一生を終わった不運な女性かと思ったら、兄の死から約半年後に、なんと共立女子職業学校に、今でいう社会人入学をします。その後、同学校事務職員から教員になり、10年後には休職して京都の私塾に自費留学までしています。今で言えば立派な技能を持つ有名女子大教員として、キャリアウーマンとして花咲きました。
小学校4年しか行っていなかった明治時代の女性にそれだけのことができたんですから、すごいじゃないですか。私は、今の時代の女が文句を言っていられないと律から勇気をもらいました。転んでも、介護の後からでも、もう一度立ち上がればよいのだと復元力のモデルを見て、学びました。
── 職場などの身近な場所だけでなくロールモデルを見つけるというのは、生きるうえでの活力になりそうですね。ほかにも、この時代を生き抜くために必要な力はありますか?
樋口さん:
正岡律にもあった力ですが、情報を集める情報収集力ですね。律は病床の子規に頼まれて毎日、新聞を読んで聞かせてあげていたそうです。しかし、小学校4年までしか出ていないから、難しい漢字が読めず苦労もしたようです。それでも読んで聞かせてあげているうちに、そこでいろいろな情報を得て、準備を進めていたのでしょうね。
それから、実行力。実際に動いてみる、やってみる力も必要ですね。
PROFILE 樋口恵子さん
1932年東京都生まれ。東京大学文学部卒業。時事通信社、学習研究社、キヤノン株式会社を経て評論活動に入る。NPO法人「高齢社会をよくする女性の会」理事長、東京家政大学名誉教授。内閣府男女共同参画会議の「仕事と子育ての両立支援策に関する専門調査会」会長、厚生労働省社会保障審議会委員などを歴任。著書に「老~い、どん!」「老いの福袋」などがある。
取材・文/天野佳代子