89歳で評論家として活躍される人生の大先輩、樋口恵子さんに人生のコツを全3回にわたって聞いています。今回は2回目。樋口さんは「働く女性には3つのすべり台がある」と私たちに助言をくれました──。
私たちのキャリアを閉ざす「3つのすべり台」
── 樋口さんは新刊『老いの福袋 あっぱれ!ころばぬ先の知恵88』の中でも、働く女性は3つのすべり台に注意すべきと呼びかけていますよね。この3つのすべり台とは何ですか?
樋口さん:
たとえ正規雇用で仕事を始めても、女性には離職せざるを得ないケースが多くあります。
── 築いてきたキャリアを、すべり台で降りなければならないときと?
樋口さん:
そうですね。まず第1のすべり台は、妊娠、出産。おめでたいことですが、働いている女性の中には就労を継続する大変さや、雇用条件の中でやめてしまう人、やめざるを得ない人が少なくありません。
第2のすべり台は夫の転勤、転職、離婚など予期せぬ事柄です。
そして、第3のすべり台は介護です。介護離職する人の多くはまだまだ女性です。
このすべり台、できるだけ降りないでください。働き続けてくださいと声を大にして言いたいです。職場も社会も条件を整えてください、と。
人生100年時代 40・50代でもまだ若い
── とはいえ、子育てや職場環境などで職を離れなければならないケースもあります。
樋口さん:
子育てなどでいったん職を離れたとしてもどうか早く仕事に戻ってください。人生は100年時代になりました。まだ半分以上残っているんです。40、50代はまだ若いです。人生何が起きるかわかりません。仕事はあなたの人生、家族の生活の守り神です。
私は貧乏ばあさん防止作戦(BBB)と呼んでいますが、後期高齢者は平均寿命から見ても女性が圧倒的多数。超高齢社会の中で、おばあさんが豊かで幸せでないと日本の社会全体が貧乏になります。
ところが、社会保障制度は今までの働き方に則った制度ですから、自分が働かなかったら自分名義の貯金も年金も少なくて困ることになります。こういう人たちが膨大な数で生き残ることとなるんです。
55~74歳を対象とした「高齢男女の自立した生活に関する調査」(内閣府男女共同参画局2008年)を見ると、年収180万円以下の男性は、全体の33.4%。一方、女性は51%。高齢シングル女性の2人に1人は年収180万円以下となります。
正規と非正規の社会保障の待遇の差も止めるよう今の女性たちには運動してほしいですね。将来の貧乏ばあさんから脱しないといけません。
── 望まない離職も、望んでも叶わない産後の復職も私たち女性側の責任ではないと思いますが、今の社会保障制度だと将来困るのは私たち自身ということなんですね。どうしても目の前の課題に意識が向きがちですが、将来にも視野を向け、生きやすさを考えていかないとなりませんね。
これからはワーク・ライフ・ケア・バランス
── 共働き家族の場合、3つ目のすべり台の介護によって、育児とのダブルケアを迫られ、キャリアに悩む人も増えてきたように感じます。
樋口さん:
これまで、ワーク・ライフ・バランスと言われて、仕事と私生活のバランスを重視するよう言われてきました。しかし、今は介護や育児などのケアも含めてワーク・ライフ・ケア・バランスとして三位一体の人生を考えなくてはいけません。
子育て、高齢者ケア、障害者支援など、困っている人が支えられる社会にならないと、ぎすぎすしたとんでもない社会になります。
日本の少年少女ほど、ボランティアなどでケアを社会に提供することから離れている子どもはないと思っています。もっと子どもたちもボランティアで育児、介護を体験できたら良い勉強になると思います。
── その環境を知っているか、知らないかは大きな違いですよね。やさしい社会を作るためには、いろいろな立場の人がいることを理解できるきっかけが、早い段階からあるといいのかもしれません。
PRIFILE 樋口恵子さん
1932年東京都生まれ。東京大学文学部卒業。時事通信社、学習研究社、キヤノン株式会社を経て評論活動に入る。NPO法人「高齢社会をよくする女性の会」理事長、東京家政大学名誉教授。内閣府男女共同参画会議の「仕事と子育ての両立支援策に関する専門調査会」会長、厚生労働省社会保障審議会委員などを歴任。著書に「老~い、どん!」「老いの福袋」などがある。
取材・文/天野佳代子