首に20cmの傷跡、上を向いて水も飲めず──。女性に増加中で年間約1万8000人が罹患する「甲状腺がん」を経験した、元宝塚トップスターの高嶺ふぶきさん。美声を失うリスクを前に、なぜ迷いなく引退を選べたのか。「歌えなくても死にはしない」と言いきる、潔すぎる引き際の真相に迫ります。

がん宣告を受けて迷いなく「これで終了!」

甲状腺がんの手術入院中にも趣味の着物リフォームを行い、おしゃれ作務衣を制作

── 宝塚歌劇団雪組男役・元トップスターで、退団後も数々の舞台で活躍を重ねた女優の高嶺ふぶきさん。6年前、舞台人にとって大切な声に関わる病気を経験されたそうですね。

 

高嶺さん:40代に入って、甲状腺のホルモン過剰分泌により、全身の新陳代謝が上がる自己免疫疾患のバセドウ病に罹患しました。その定期健診のときに、今度は甲状腺に異常が見つかったんです。すぐに生検(患部から切り取った組織や細胞を顕微鏡などで調べる検査)を行い、初期の甲状腺乳頭がんと診断されました。定期健診でがんを早期発見できたのが不幸中の幸いでした。

 

ただ、手術で甲状腺をすべて摘出するので切る場所が大きく、その部位は声帯に非常に近い場所でした。医師からは「術後はこれまでのような声が出ない可能性が高い」と。

 

── 宝塚時代「歌の高嶺ふぶき」とその美声を評されていましたが、医師の話をどのように受けとめたのでしょうか。

 

高嶺さん:がんばって働いて観に来てくださるお客さまに対して、自分が納得できない歌声で舞台に立つくらいなら、今、引退しようと思いました。芸事にはゴールがないので、つど、成長し続けないと意味がありません。私にはマイナスの状態で女優を続けるのは考えられないことなので、迷いはいっさいなく「これで終了!」というさっぱりとした気持ちで決断しました。

歌えないからといって死ぬわけではない

── ずいぶんと悩まれたのではと想像していました。その切り替えの速さは、意識的に身につけられたでしょうか?

 

高嶺さん:もともと、自分にとって都合の悪いことを削除する能力が優秀なのかもしれません(笑)。客観的にはマイナスに見える経験も、いい部分を見つけてその後にいかし、さっさと前に進むタイプなんです。起きたことは変えられない。考えてもしかたがない。変えられるとしたらこれからのことだから、切り替えるしかないですよね。でも、自分で「切り替えスイッチ」を胸の真ん中に設置して、オン・オフの練習をすれば、どなたでも上手に切り替えできるようになると思いますよ。

 

── そのスイッチ、私も欲しいです。高嶺さんは10代で宝塚音楽学校に入学し、ずっと舞台や芸能界で仕事を続けてきました。「自分にはこの仕事しかない」という気持ちはありませんでしたか?

 

高嶺さん:歌わないと死ぬわけでもないですし、「この仕事でないと生きていけない」とは考えませんでした。何より、この仕事は私の事情よりも、お金を出して観に来てくださるお客さまがいるからこそ、成り立つものです。これは宝塚時代から同様で、もともと宝塚に入ったのも「宝塚が好きでたまらなくて」というわけではありません。宝塚はいい思い出ですが、執着することはありませんでした。

 

── そうなんですか! 高嶺さんは、キャリア選択だけでなく、日常でも「切り替えスイッチ」をしっかり使えるタイプですか?

 

高嶺さん:稽古場と家は完全にわけ、プライベートに仕事を持ち込むこともありません。家で台本を開くことはなく、稽古場に全力集中します。もちろん努力はしますし、やると決めたら納得できるまでやりますが、つねにそのモードではいられないんです。

 

本番直前も同様で、なかには楽屋で役に入り込んで集中する方もいらっしゃいますが、私は出番直前まで無関係なおしゃべりをして、出る寸前にパッと切り替えるタイプ。不真面目だと思われるかもしれませんが、出番が終われば袖に入って、眠たければそこでうたた寝したり…。

 

── でも、それだけ集中して観客の前で演じるのは、かなりの精神力と体力を要するでしょう。

 

高嶺さん:まさに。舞台に立つにはものすごいパワーが必要なんです。お客さまに届けるための技術や表現の追求はもちろん、その場を自分の色に変えるオーラ感、お客さまの期待に応える力も求められます。客席から感じる熱量もすごいんですよ。中途半端な状態で臨むと、お客さまのパワーに演者が持っていかれてしまいます。だからこそ、前と同じ声が出せずに、葛藤を抱えながら舞台に立つのはムリだと判断したんです。

 

正直、自分でもやりつくした感を抱いていたんです。バセドウ病で新陳代謝が上がりすぎて疲れやすくなったことも、「もういいかな」と思った要因のひとつです。たとえるなら50m走るだけでも、全力で100mダッシュするくらいの疲れを感じてグッタリ。舞台を終えると、以前よりもずっと疲れ果てている自分がいました。

術後は首を傾けるのすら難しかったが

高嶺ふぶき
手術直前、SNS用にファンに向けて写真を撮った高嶺さん

── ブログで引退を発表し、最後の京都公演を終えたのが2020年4月。京都にコロナの緊急事態宣言が出される直前でした。そして翌月に手術を受けましたが、術後の様子は?

 

高嶺さん:手術直後は痛みを感じましたが、ふつうにしゃべることはできました。ふだんの発声は問題なく「よかった!」とホッとしました。引退したので歌うこともなく、歌声がどう変化したかはたしかめることもありませんでした。もともと、仕事以外の日常では歌うことはなかったので、気にもならなくて。カラオケに行っても、聞き役に徹するタイプだったんですよね。

 

ただ、首のまわりにグルッとネックレスのように20cmほどメスを入れたので、筋肉や皮膚のひきつれはありました。このひきつれは今でも続いており、首を上下左右の方向に向けるのが難しいときもあります。首を上に傾けてペットボトル飲料を飲むと気管に入ってしまうので、その格好で飲む動きはできなくなりましたね。でも、日常生活ではとくに困ることもなかったので、次のキャリアを前向きに考えることができました。

 

取材・文:岡本聡子 写真:高嶺ふぶき