気づいたら人生が鮮やかなピンク色に

── 30、40代の読者世代には、ピンクの衣装を着たおふたりの活動が印象に残っていると思います。おふたりで活動されるようになったのは、結婚がきっかけだったのですか。
林家さん:そう。結婚と同時に、ふたり一緒の仕事が来るようになってね。ただ、当時は営業に呼ばれても、メインはパー子でした。僕は劣等感を抱きながらも「パー子、ありがとう」と思っていましたね。「ペー・パー」で漫才コンビだと思われることも多いんだけど、そもそも漫才じゃないからボケもツッコミもない。フリートークなんですよね。僕の言うことに、パー子が「キャハハ~!」って笑うだけでウケたんです。
── そのころから、ピンク色の衣装は着ていらした?
林家さん:いや、もともと僕は地味なスーツを着ていたの。あるとき『天才・たけしの元気が出るテレビ!!』に出演することになって、総合演出のテリー伊藤さんに挨拶に行ったら、「ペーちゃん、テレビタレントはビジュアルが大事だよ、もっと派手でいいんだよ」と言われたんです。
パー子は、産まれたときからピンクを着ていたの。それで、たまたまパー子が持っていたピンクのセーターをお揃いで着てみたら、テリーさんが「いいんじゃない?」って。それから、仕事でも家でもピンク一色になって。今じゃもう、お葬式に着ていく服がなくなっちゃいました。ピンクのおかげで、たくさんの方に覚えてもらえるようになって、CMにまで出させてもらったんだから、テリーさんは恩人のひとりです。
── 歌手志望だったパー子さんが芸人になり、地味なスーツを着ていたペーさんがピンク一色になる。振り返ると、すべてが予想外の連続ですね。
林家さん:本当にそう。何ひとつ、計画通りにはいってない。パー子との結婚だって周囲からは「あり得ない」と言われたし、ペー・パーの芸もたまたま生まれたものばかりだしね。でもね、人生って思い通りにいかないから面白いんでしょうね。
自分が思い描いていた道とは違っても、転んだ先でふたりで笑っていたら、いつの間にかそれが自分たちの色になっていた。気がついたら、僕の人生もすっかり鮮やかなピンク色になっていましたね。
取材・文:林優子 写真:林家ペー