妊娠時から重い心疾患を患い、息なく生まれ亡くなった娘をもつ田中さん夫妻。わが子を迎える日が、そのままお別れの日になる。その経験は、言葉では表しきれないものだったといいます。夫婦はわが子を自宅に連れ帰って、添い寝をしました。そして、まおちゃんと名付けた赤ちゃんに何かしてあげられないか、と亡き娘に寄り添う日々を送ります。
医師から「看取ることになる」と告げられ

── 妊娠の経過のなかで、赤ちゃんとの別れを経験する家族がいます。日本では年間約1万5000件の死産が報告されていますが、亡くなった赤ちゃんにせめて洋服を着せて見送りたいと願っても、体が小さすぎて市販の産着ではサイズが合わないことも。そうした家族のために小さな産着を仕立て、無償で届ける活動を続けているのが「soramusubi」代表の田中梓さんです。直近1年で届けた産着は約1300着。その活動の原点にあるのは、2020年に自身が28歳で経験した第1子・まおちゃんの死産だったそうです。
田中さん:妊娠すれば、元気な赤ちゃんが生まれてくるものだと思っていて、自分がわが子を亡くすことになるなんて想像したこともありませんでした。最初に指摘されたのは、赤ちゃんのむくみでした。その後も健診へ行くたびに新しい異常が見つかり、妊娠20週頃には重い心疾患を含む5つの病気がわかりました。医師からは「赤ちゃんが生きていくのは難しい」「看取ることになる」と言われたんです。
頭の中は「どうして私たちの子が?」という思いでいっぱいで。医師から説明を受けても自分事としてとらえられず、現実をなかなか受け止めきれませんでした。
── 病状の深刻さを知らされるいっぽうで、出産の日は近づいていきます。赤ちゃんとのお別れを受け止めきれないまま、時間だけが過ぎていくなかで、どのようなお気持ちで過ごしていたのでしょうか。
田中さん:赤ちゃんのことが心配でたまらない気持ちがありました。なにより私自身、初めて迎える陣痛や出産の先に、まおちゃんとの別れが待っている。それが本当に怖かったんです。受け止めようとしても気持ちが追いつかず、涙が急に出たり、自分が自分ではないような感覚になったりもしました。
それでも夫と何度も話し合いながら「今しかできないことをしよう」と決めました。少しふっくらしたお腹に手を当てて家族写真を撮り、まおちゃんに着せる産着も手縫いしました。お見送りの準備を一つひとつ重ねることで、現実を少しずつ受け入れようとしていたのだと思います。
── その後に迎えた出産。分娩室では、どのような時間を過ごしていたのでしょうか。
田中さん:何かしていないと落ち着かなくて、じっとしていたらどうにかなってしまいそうでした。本格的な陣痛が始まるまでは、夫と一緒に小さな棺に入れる折り鶴を折っていたんです。陣痛中は、そばについてくださった助産師さんも一緒に折ってくれました。
お願いした産科クリニックは事前にバースプランを聞いてくださって、選択肢をたくさん提示してくれました。自分たちなりに納得できる形でまおちゃんを見送れたのは、医療者の方々の気づかいがあったからだと感謝しています。
自宅に連れ帰り家族3人で寝た夜の思い出
── 産声の響かない分娩室でわが子を初めて胸に抱いたとき、どんな思いが込み上げてきましたか。
田中さん:どんな姿で生まれてくるのかわからず、怖さがありました。でも「生きているんじゃないか」と思うくらい、本当にきれいな姿で生まれてきてくれて。とても小さかったんですけれど、手にはちゃんと爪があって、目を閉じていても顔立ちがよくわかるくらい、鼻もしっかりしていて。その姿を見た瞬間「かわいい!」と思わず声がでました。
病室はすごく温かい空気に満ちていて、「自分たちの子どもが生まれてきてくれたんだ」という実感が湧いてきました。「やっと会えた」という嬉しさもありましたし、医療スタッフのみなさんも悲しい顔をするのではなく、「本当におめでとう」と言葉をかけてくださって。
ただ、夫は少し複雑な思いも抱えていたみたいです。隣の分娩室から聞こえてくる元気な赤ちゃんの産声やご家族の幸せそうな声が聞こえてくると、なんとも言えない気持ちになった、と後から聞きました。
── 出産後、おふたりは「後悔しないように、きちんとお別れしたい」と、まおちゃんを自宅へ連れ帰られます。家族3人で過ごした最後の夜は、どんな時間だったのでしょうか。
田中さん:病院によっては安置室で預かったり、すぐに葬儀社にお願いしたりなど、いろいろな形があるそうです。でも、私たちは納得したうえで子どもとお別れがしたかったので、自分たちで火葬場を手配して、まおちゃんを自宅へ連れて帰りました。
入院中に手縫いした産着を着せてあげて、小さな棺を真ん中に挟んで、3人で川の字になって寝ました。「目はどっちに似てる?」「鼻はどっち?」なんて言いながら写真を撮ったり、顔を眺めたり。ふつうなら悲しくてつらい時間なのでしょうけれど、不思議とそういう記憶ではなくて。写真を見返しても、全部笑っているんです。短い時間でしたが親子3人で一緒に過ごせた、すごく大切な時間になりました。
── 大切な存在を失った直後は現実感が伴わず、日常に戻るなかで、深い喪失の痛みに直面することも少なくありません。まおちゃんを見送ったあと、そうした気持ちとどう向き合っていったのでしょうか。
田中さん:出産直後は「やっと会えた」という気持ちが強くて、産後ハイのようなふわふわした幸せのなかにいたんです。でも、まおちゃんを見送って、自宅で過ごすようになると、その落差で悲しみが一気に押し寄せてきました。体は出産を終えているので、胸が張って母乳が出るんです。でも、腕の中に抱きしめる赤ちゃんはいない。そのギャップが本当に苦しかったです。
まおちゃんを亡くしたショックから立ち直れず、それまでやりがいをもって働いていた仕事も、復帰する気力がわかずに辞めてしまいました。夫は日常に戻って社会とのつながりを取り戻しているのに、自分はひとりで家に閉じこもっている。「お腹の赤ちゃんも守れず、仕事も辞めてしまって、私は何のために存在しているんだろう」と、夫に対しても引け目を感じて、社会から取り残されたような孤独の中にいました。悲しみは日を追うごとに増していきました。「何がいけなかったんだろう」と、答えを探しては続けて自分を責める。その悪循環に陥っていました。