2016年リオ五輪のレスリング女子フリースタイル69kg級で金メダルを獲得した土性沙羅さん。現役時代は得意のタックルとパワーで世界の頂点に立っていますが、実はレスリング以外のスポーツは「運動音痴」を自認するほど苦手で、性格も内向的だったそう。そんな自分を変えてくれたのがレスリングだったと言います。

今でも球技などには苦手意識があります

土性沙羅
幼少期から厳しい練習に打ち込み、のちに世界舞台で活躍できる力を養った

── 幼少期は運動音痴だったとお話しされていますが、五輪の金メダリスト活躍からは想像できません。

 

土性さん:レスリングを始める前から決して活発な子どもではありませんでした。今でもバスケットボールやソフトボールなどの球技やラケットを使うスポーツには強い苦手意識があります。学校の体育の授業は本当に苦痛で、ボールに当たらないことも多くて「嫌だな」と思いながら受けていました。唯一、マット運動だけはレスリングの練習に含まれるので、日々の積み重ねのおかげで自信を持ってこなすことができていましたが、運動は得意ではなかったですね。

 

── 性格的にもかなり控えめで、人前に出るタイプではなかったのでしょうか。

 

土性さん:とても引っ込み思案で、恥ずかしがり屋でした。将来の夢は「お花屋さん」や「警察官」と書くような、どこにでもいるインドア派の少女だったと思います。学校の休み時間も外で遊びに行くより、教室で絵を描いたり、友達としゃべったり、図書室で本を読んでいたりすることが多くて。できれば誰かの後ろに隠れていたい、目立ちたくないというタイプでした。

 

── レスリングの試合前の緊張は人いち倍強かったそうですね。

 

土性さん:緊張しいなのは一生治らないですね(笑)。口から心臓が出そうなくらいドキドキして、手のひらに「人」と書いて飲み込むようなルーティンを必死に繰り返していました。大人になってもガチガチになる私を、コーチや周囲の人たちがリラックスさせてくれました。

 

── そんな内向的な少女がなぜ過酷な格闘技の世界で戦い続けられたのでしょうか。

 

土性さん:最初は指導者の先生が怖くて辞められなかったんです(笑)。「怒られるのが嫌だから、やるしかない」という、消極的な理由が始まりでした。でも、続けていくうちに試合でメダルが取れるようになり、「勝ちたい」「レスリングは楽しい」というポジティブな感情が芽生えてきました。

 

授業でなにかを発表するのは足がすくむほど苦痛だったのに、マットの上で戦うときだけは自分を表現できると感じられたんです。レスリングという盾を得ることで、別の自分に切り替わるスイッチを見つけたのだと思います。

 

── お父さんもレスリング選手だったそうですが、幼い頃にどんな言葉をかけられたか覚えていますか。

 

土性さん:レスリング以外の場面では、人前に出るような性格ではなかったので、「出なよ」と声をかけられることはあっても、無理に押し出されるようなことはありませんでした。ただ別の場面では、たとえば何かをしてもらったらきちんとお礼を言うことや、行儀・礼儀については、父からとても厳しく指導されました。母は口うるさいと言ったらあれですけれど、よく言葉をかけてくれるタイプで、父は一度ガツンと言う感じだったと思います。

優勝者の姿に自分の甘さを突きつけられた日

土性沙羅
現役時代の練習風景。ロープ登りで握力や腕、背中の筋肉を鍛えた

── 2016年のリオ五輪では金メダルを獲られましたが、頂点に立つまでの最大のターニングポイントを教えてください。

 

土性さん:大学1年生で出場した世界選手権です。ジュニア時代から成績がよく、金メダルを狙っていましたが、結果は3位。その時、同じ大会で優勝した登坂絵莉さん(リオ五輪女子48kg級金メダル)の姿を見て、衝撃を受けました。全体練習が終わってもひとりだけマットに残って練習している彼女の本気度に比べると、自分がいかに甘かったかを突きつけられたんです。帰国した後、それまで特別な交流があったわけではない登坂さんに、「居残り練習を一緒にさせてほしい」と志願しました。

 

それまでもオリンピックへの思いはありましたが、登坂さんの姿を見て、気持ちのモードが変わり、レスリングにより本気で向き合うようになりました。

 

── 土性さんは2016年に階級変更されていますが、それも大きかったのではないでしょうか。

 

土性さん:とても幸運なタイミングでした。オリンピックの階級が増え、私にとってベストな69kg級が新設されたんです。過度な減量も無理な増量も必要なく、自然体で戦える。自分の意識が本気に切り替わった瞬間と、身体的な特性に合致した環境が整った瞬間がピタリと重なって、オリンピックへのギアが一気に上がりました。

 

── 今おっしゃったように、レスリングといえば減量などが必要な場面があります。女性特有の体調管理も大変だったと思いますが、苦労されたことはありましたか。

 

土性さん:高校生の最初くらいまで減量していましたが、幸いにも減量に苦しむことは少なかったんです。冷や汗をかくくらい生理で腹痛や腰痛に悩む先輩や後輩もいましたが私はそこまでひどくはなくて。ただ、ホルモンバランスによる精神的な波には影響を受けていましたね。普段なら燃え盛るような闘争心が、理由もなく弱くなってしまったり、練習への集中力が欠けてしまったり。

 

── 当時はそうした悩みを相談することができる環境でしたか。

 

土性さん:正直に言って、当時は「そんなの関係ない」という空気でしたね。男性コーチに生理痛のことを伝えても、「そんなことだから勝てないんだ」と一蹴されるだけ。今でこそ理解が進んでいますが、当時は体調不良を口にすること自体が許されない雰囲気があって、ひとりで耐えるしかありませんでした。その理解されないつらさは、精神的にも応えましたね。