息子が何度も見せたカードは「お母さん・来て」
── それは、周囲も心配したでしょう。檜尾さん自身も大変な思いをされましたね。
檜尾さん:本当に困り果てていたときに、同じように障害児を育てるお母さんが「この本に出てくる子どもが、あなたの息子さんと似た行動をとっている」と、ある書籍を教えてくれました。読んでみると、そのお子さんは私の息子と似た状態でありながら、児童精神科医の先生にかかり、とてもイキイキと家族と幸せに過ごしていると知りました。
「ぜひ、息子もこの先生に診てもらいたい」と、すぐ先生のいる病院に電話しましたが、予約が殺到していて、「3年後なら」と告げられて。そして、それから3年後、息子が10歳になった日、病院から電話がかかってきて受診することができました。
── 受診までに3年待ち!人気のある先生だったのですね。受診して何が変わりましたか?
檜尾さん:その先生に、米国で開発されたPECS(R)(読み方はペクス、絵カード交換式コミュニケーションシステム)を教えていただきました。これは自閉スペクトラム症を含め、コミュニケーションに障害を持つ人たちのコミュニケーションを支援するためのものです。自閉スペクトラム症の人たちの「言葉での情報より、目から入る情報を理解しやすい」という特性に合わせた仕組みで、絵が描かれたカードを組み合わせて、意思を伝えるツールです。
使いこなすにはトレーニングが必要ですが、息子はこのPECS(R)を使って自分の意志を伝えられるようになりました。彼はドライブが大好きなので、よく「車」と「行きたい」のカードで、「ドライブに行きたい」と言ってきましたね。また、オリジナルのカードを作ることもできるので、大好きなハンバーガーショップのロゴを貼ったカードや私の顔写真を貼った「お母さん」カードも作りました。いちばん使ったのは、「お母さん」と「来て」の組み合わせ。いつもこれを私に見せてきて…。「あぁ、この子はこんなにも私を求めていたのか」と思わず泣いてしまいました。

── カードを使って意思疎通ができるようになり、息子さんは変わりましたか?
檜尾さん:あんなに大変だった問題行動がほぼなくなりました。先ほども触れましたが、それまではご近所の車のボンネットに乗って跳びはねたり、わざと用水路に飛び込んで救急車を呼んだりと、途方に暮れていたんです。息子の障害は自閉スペクトラム症の特性のひとつと捉えられる「強度行動障害」が強く、「言いたいことが言えない、まわりを理解できない不安を行動であらわす」タイプです。振り返れば、人を噛んだり、大暴れしたりしたのも、本人がいちばん困っていた状態。いろんな手段を用いて「つらい気持ち」を伝えたかったからでしょう。
自閉スペクトラム症は脳機能の偏りによる発達障害のひとつですが、「対人関係や社会的コミュニケーションの困難さ」「特定の物事や行動への強いこだわり」「感覚過敏・鈍麻(どんま/外部からの刺激に対する感覚や反応が鈍くなることや状態)」などの特徴があります。人によって程度や現れ方はさまざまです。息子の場合は、知的な遅れもあり、いっそうコミュニケーションが難しかったんです。