「ハンバーガーショップでこぼれたジュースを床に這って口で吸ったんです」。重度の自閉症スペクトラム症の息子さんの壮絶な育児経験を明かしてくれた檜尾めぐみさん。コミュニケーションがとれないお子さんへの葛藤。しかし、米国で開発された主に自閉スペクトラム症などコミュニケーションに障害を持つ方向けの「絵カード」を使った意思伝達方法を知り、喋らなかった息子の胸の内を知ることになると── 。
こぼしたジュースを床に這って飲もうとする息子
── 自閉スペクトラム症の息子さんの子育て経験をもとに、発達障害・自閉スペクトラム症の子どもから大人までの療育・生活・就労・相談支援などを行う、NPO法人ピュアを設立した檜尾めぐみさん。小さいころの息子さんはどんな様子だったのですか?
檜尾さん:息子は、赤ちゃんの頃から2歳上の長女とはまったく違いました。抱っこや授乳中も、私に身体を預けて寄りかかることをせず、身体も硬く、何か「物」を抱えているような感触でした。
1歳半頃までは「ママ、ワンワン」のような二語文を話しましたが、以降はまったくしゃべらなくなったんです。ひとり遊びも増えました。「(息子が)いないな?」と思ったら真っ暗な部屋の片隅で遊んでいるのを見て、「あれ?」と不安になり、保健所に電話して相談したんです。紹介を受け、2歳のときに児童相談所で発達診断を受けると、息子には「知的な遅れがある」と、わかったんです。
── 診断を受けてどのように感じられましたか?
檜尾さん:「まさか!」でした。何らかの対応策を教えてもらえるのでは、と期待して診断を受けにいったのに、子どもだけ別室に呼ばれて検査を受け、結果だけを伝えられ、そのまま帰されたため、もうショックで。息子と一緒に電車に乗り、泣きながら帰宅しました。
ただ、説明がなかったので「知的な遅れがある」という結果に、「それなら遅れを取り戻せる」と理解してしまって。「息子の遅れを正常に戻してください」と解決策を求め、病院を何軒もまわりましたが、いずれも「理由も手立てもわかりません」という答えでした。
3歳になると、さらに自閉スペクトラム症もあることがわかりました。息子は現在32歳ですが、当時は自閉スペクトラム症について書かれた本もほとんどなく、まったく情報を得られない状況でした。
── 息子さんと接していて、どんなことが大変でしたか?
檜尾さん:ふだんから息子とコミュニケーションがとれず、彼がどこを見てるかもわからず、目も合いませんでした。息子はハンバーガーショップが好きなのでよく一緒に行きましたが、私がジュースをこぼしてしまったときのことです。床に這いつくばって、こぼれたジュースを口で吸ったんです。私は思わず「やめなさい」と言いましたが理解できず、大声をあげて泣いて大パニックに。
周囲の人が驚いて集まってきて、黒山の人だかりができるなか、私は息子を米俵のように肩にかついで駐車場まで運び、チャイルドシートに座らせ、車から出ないようにしてパニックが落ち着くまで20分くらい待ちました。こんなできごとが日常茶飯事で、ほかにも物を壊したり、洗い終わった食器の上でわざと用を足したり、いろいろありました。
小学校1年生のころは支援学級で先生がマンツーマンで見てくださったので、学校では比較的落ちついていましたが、2年生で集団クラスになると、先生の指示が理解できず自分がどうしてよいのかわからなくなり、暴れることが増えました。友だちに噛みついたり、窓ガラスを割ったり、教室から飛び出して校門を乗り越えて脱走してそのまま行方不明になったことも…。