グチを吐くだけでは「壮絶な子育て」は変わらない

── 息子さんと意思疎通できたことは、檜尾さんの生活にどのような変化をもたらしましたか?

 

檜尾さん:PECS(R)のおかげで息子と意思疎通ができるようになり、本当に助かりました。私と同じように大変な思いをしている他の保護者のために何かできないか、例えば絵カードを用いて親子のコミュニケーションを支援できないかと考え、親の会を立ち上げたんです。初回は同じ学校の支援学級のお母さんたちに声をかけて、自宅に2人来てもらいました。そこから口コミで参加者が増えて、2~3年くらいで100名に。公民館を借りて情報交換や絵カードの勉強会を行いました。

 

── 参加者の様子は?

 

檜尾さん:みなさん、子どもを公園に連れて行っても、人がサーッとよけていなくなってしまうなど、地域から孤立していて。祖父母や夫にも理解されず、「親の育て方が悪い」と言われてしまう、といったつらい経験や思いを吐露していました。でも、グチや悩みを言い合うだけでは傷をなめ合うのと一緒で、何も変わりませんよね。親の会が終わって家に帰れば、もとの「壮絶な子育て」が待っているんです。

 

このように気づき、私は「子どもたちが安心して過ごせる居場所を自分たちで作るしかない」と考えました。ちょうど、当時住んでいた東大阪市には、障害児を専門にした学童サービスがなかったので、私たちの子どもが入れるような学童保育を作りたい、と東大阪市の福祉課に相談に行きました。

 

そこで、2006年からの障害者自立支援法では、従来の社会福祉法人に加えNPO法人も障害福祉サービス(現在の児童福祉法による「放課後等デイサービス」)を開業できると知り、勉強を重ね、何度も申請し直しながら半年かけて、大阪府からNPO法人格をとり、東大阪市から開業認可を得ました。

 

総工費3億円、幼児期から就業時まで一貫したサービスを提供するNPO法人ピュアの施設

── 親の会から、障害児学童保育が生まれたとは。費用などはどのように工面したのですか?

 

檜尾さん:初期費用300万円は寄付で集め、東大阪の古いマンションの一室で開業。ただ、人件費まではまかなえないので、保護者がボランティアとしてスタッフになり、自分の子どもと一緒によそのお子さんを保育する形で、2006年にサービスを開始しました。その後紆余曲折ありましたが、現在は就労継続支援B型、生活介護、ショートステイ、グループホーム、相談支援事業など、障がいを持つお子さんの幼児期・学齢期・成人期のライフステージをつないだ切れ目ない支援体制を築いています。

 

取材・文:岡本聡子 写真:檜尾めぐみ、NPO法人ピュア、株式会社ピュア