父を反面教師と思った時代もあったけれど

── お父さんと同じ作家という職業を選択したのは、お父さんに対する憧れのようなものがあったからでしょうか。

 

矢部さん:ちっちゃい頃は、父みたいな仕事をする人に純粋に憧れて「なりたい」って思っていました。でも、大学は教職が取れる教育学部に進学しているので、反面教師というか、全然違う大人になりたいと思った時期はあったと思います。卒業はしていないですけど(笑)。その後、お笑いの世界に入って、いろいろな出会いがあって漫画家にもなっていますけど、今思うと、1回外に出てまた戻って、みたいな感じがあるかもしれない。

 

僕にとって絵を描くことって、もともと馴染みがあってごく自然なことでした。でも、それ以外の世界も知りたいと思って、それから芸人としての活動を含めいろいろなことを経験してからこそ今があるというか。

 

たとえば、自営業をされている家庭で、子どもがそのまま跡を継ぐわけじゃなくて、一度、よそのお店で修行して、戻って来てお店を継ぐみたいなことってありますよね。それと同じように、いろいろ経験をして、絵を描く仕事に戻ってきた感じかもしれません。

 

芸人になってから自分を知ってもらったことで漫画を読んでもらえたりしていると思うので、いい形で戻れているんだろうなと思っています。

人を笑わせたかった父「結局、同じ道を辿ってる」

── 2025年12月には、出版社「たろう社」を立ち上げ、お父さんが描いた、お姉さんが生まれた頃から矢部さんが生まれるまでの子育て日記を『光子ノート』として出版しました。活動の幅がどんどん広がっていますね。

 

矢部太郎
『光子ノート』を印刷所から事務所へ搬入している最中。後輩芸人にも手伝ってもらったとか

矢部さん:僕の仕事場兼たろう社の事務所に『光子ノート』の在庫を置いているんですけど、いつも午後4時くらいに配送屋さんが本を取りにくるので、それまで他の仕事をしながら、全速力で梱包して発送してみたいな日が続いています。AIをめちゃくちゃ事務作業に活用して、請求書、納品書や、通販の送り先伝票の作成にエクセルの計算式を使ったりしつつ、自分で作業するんですけど。おかげさまで初版分は完売して増刷分がまもなく届くので、ご予約いただいた方や書店にどんどん発送していきます。

 

── ご自分で梱包や発送作業もされているんですね。

 

矢部さん:はい。ひとり出版社をしている人から「書店の方とも繋がれて楽しいから」
って勧められたんですけど、やってみて納得しました。北は北海道から南は沖縄まで、独立系の書店を中心に並べていただいていて。その中には、若手のお笑いコンビみたいな名前の本屋さんがあったり、聞いたこともない地名に発送したり、今度行ってみたいななどと思いながら梱包するのが面白いんです。

 

そういえば、80代の男性から朝早くに注文の電話がかかってきて、それで起きたこともあって。「今、断捨離してパソコン捨てて、不便だよ」なんて、グチから始まって雑談するのもなかなかない経験でした(笑)。

 

── お父さんと一緒にイベントをされたり、まさに今は同じ作家としてコラボする活動も増えていますよね。そんな今、お父さんに対して思うことはありますか?

 

矢部さん:父がやっていたことをそばで見ていたこととか、父が本作りを自分でやっていたことが、僕の進む道につながっている気はします。

 

それに、父は紙芝居作家でもあるわけなんですけど、紙芝居って演じる部分もあるし、父は笑いが取れるとうれしいと思うタイプの人だったから、やっていることがほぼ芸人なんですよ(笑)。その影響もあって、同じ道を辿っているのかもしれませんね。

 

取材・文:たかなしまき 写真:矢部太郎