お見合いから逃げるためだけにアメリカへ 

── それはつらい展開ですね。

 

英月さん:そうしたら急に耳が聞こえなくなってしまったんです。勤めていた銀行でも仕事に行き詰まりを感じていたことも影響していたかもしれません。大きな病院の耳鼻咽喉科で検査を受けたら「僕の友達に、いい心療内科の先生がいるよ」と医師に言われました。さすがにこれはまずいと、お見合いから逃げるためだけに、アメリカへ家出をしたんです。今、考えればちょっと常軌を逸していますよね。でも当時はその選択しかなかった。

 

といっても、黙って出ていく訳にはいきません。「半年、ひょっとしたら1年になるかもしれないけれど、ロングバケーションに行かせてください」と親に告げました。ただ実際は帰国する考えはなかったので、海外でも生活できるよう、海外でもお金を下ろせる銀行口座を開設するなど、準備を進めました。

 

── なぜアメリカだったのでしょう?

 

英月さん:英語はできないんですが、とにかく遠くへ逃げようと思って世界地図を広げたときに気づいたわけです。「This is a pen.」は言えると。イタリア語もスペイン語も韓国語も話せないけど、penをappleにしたら結構、会話はできるんじゃないか。「ひょっとしたら英語は得意かも知れない」と勘違いをして英語圏に絞ったんです(笑)。

 

── すごい発想ですね(笑)。不安よりも、他人が敷いたレールから外れられる開放感のほうが強かったんでしょうか?

 

英月さん:そうですね。実際、アメリカ滞在中はホームシックになったことは一度もありません。ただ、アメリカに着いてから「気がついたら京都の実家にいる」という夢を毎晩見ました。京都には空港はないはずなのに「サンフランシスコ→京都」と印字されている航空券を握りしめていて「うわ、京都や」って思うところで目が覚める。それほど追い詰められていたのかもしれません。そんな夢を1年ほど見続けました。

 

いっぽうで、不安だったのは1週間先どころか、明日何をしているかが見えなかったこと。銀行員として働いていたときは半年ごとの決算期が繁忙期で、気づいたら「またセミが鳴いている」「もう雪が降っている」と季節が変わる生活を送っていたのに、アメリカでは仕事も住む家すらも決まっていなかったので。

 

── 帰国するつもりはなかったのに、現地到着後はノープランだったんですね。

 

英月さん:家出の前に、1か月ほど旅行でアメリカに行ったんですが、そのに知り合った人のところに、少しだけ居候させてもらいました。恥ずかしながら29歳まで働いていたのに、貯金はわずか100万円。それだと3か月で生活ができなくなる。すぐにでもなんとかしなければって状態でしたが、お金が底をついたとしても京都には戻りたくはなかったです。