授業を受けず、多摩川沿いでスクワットに勤しんだ
── 中学校に通うのをやめた、というのは…?
大原さん:正確には、学校で授業を受けるのをやめました。その代わり、神奈川の多摩川沿いで走ったり、腕立て伏せをしたり、スクワットをしたり、とにかくひとりでトレーニングをすることにしたんです。
ただ、学校が嫌いだったわけではありませんでした。だから、昼休みには母が作ってくれた弁当を持って登校して、班のみんなで机を並べて弁当を食べて。弁当の後は、昼休みが終わるまで話をしたり遊んだり。5時間目になると、勝手に体育館に忍び込んで、マット運動をしたり、跳び箱を積み重ねて宙返りをしたり、プロレスの自主練みたいなことをやって。帰りの会に出席して家に帰るという。変わっていたというか…ひと言で言えばヤバい中学校生活を送っていました。
当時は約30年前で、大人に敷かれたレールから外れたら怒られる時代。当たり前ですが、先生たちにはすごく叱られました。でも、親には叱られた記憶が全然ないんですよ。

── 親御さんは大原さんのことを静かに見守っていたんですね。
大原さん:平日の朝、学校だったら確実に遅刻する時間に起きても、授業に出ないで多摩川沿いを走ったりスクワットをしたりしても、親には怒られませんでした。両親は、何があっても変わることなく、僕の夢を応援してくれていたんです。
いっぽうで、いくら夢のためとはいえ、「俺はやってはいけないことをしている…」という自覚はありました。だから、何か結果を出さなければと思い、アマチュアレスリングの全国大会にいくつか出場したら、全部優勝できたんです。ジュニアレスリングチャンピオンになって、金メダルをもらって。レスリングは校外活動でしたが、「部活みたいに表彰してほしい」と校長先生に直訴したら、全校集会のときに表彰してもらえたんですよ。初めて皆の前で褒められて嬉しかったのを覚えています。
高校進学の際は、僕の活動が認められて、いろいろな高校から推薦の話がたくさんきたんです。でも、当時の僕はプロレスラーになることしか考えていなかったので、全部断りました。