たいていの親なら「やめなさい」と止めたはず

── 高校の推薦を全部断って。結局、進学はどうされたんですか?

 

大原さん:服部栄養専門学校に進学しました。僕が中学時代から通っていた高田道場では、弟子の人たちが料理や家事を担当していて、「プロレスラーになるなら、料理もできなきゃいけない」と思ったんです。そのことを両親に相談したら、「それなら服部栄養専門学校がいいよ」と勧めてくれ、トントン拍子で進学が決まりました。

 

当時はそれだけでは飽きたらず、専門学校の授業のあと、地元で有名な洋食店で仕込みなどを手伝っていました。早くプロの仕事を身につけたかったんです。それが終わったら、夜8時から2時間、高田道場でプロレスの練習。当時、専門学校と洋食屋の仕事と道場の練習、この3つを1年間両立したそのエネルギーはすごかったと、自分でも思います。

 

ただ、中卒で入学した生徒は僕ひとりだけ。生徒の半分以上が高卒で、あとは大卒、7歳年上の人もいました。今振り返ると、同年代が皆無で、15歳で20歳くらいの人とつき合うのってなかなか大変だったなって思います。でもそういう道を通ってきたら、どんな年代の人とも分け隔てなく接することができる人間になれたのかもしれません。なんとか1年間通い続けて調理師免許を取得し、その後18歳でプロレスの世界へ入りました。

 

── 中学生でプロレスラーを目指してから、18歳で目標を実現して。行動力がすばらしいと思いました。

 

大原さん:僕がすごいと思うのは、なんと言っても両親です。中学生の僕の夢や目標を真正面から受けとめて、何の迷いもなく背中を押してくれた両親はただ者じゃなかった。しかも「やるならトップの環境を」と、高田道場や服部栄養専門学校を勧めてくれ、実際に通わせてくれました。

 

中学生の子どもが「プロレスラーになりたい」と言っても、たいていの親は「危ないからやめなさい」と止めると思うんですよ。それを100%全力で応援してくれた。特に、大人になってから親の偉大さをしみじみ感じました。本当に、感謝しかありません。

 

取材・文:たかなしまき 写真:大原はじめ、プロレスリング・ノア