信用金庫、旅行会社と職を転々としていた

日高逸子
現役中はグレートマザーの愛称で親しまれた

── その後、高校に進学しますが、在学中に事故に遭遇したとか。

 

日高さん:高校3年生のある日、原付バイクを運転中にトラックと衝突して、卒業まで松葉杖の生活になりました。家は貧乏だし、高校卒業後は就職を考えていましたが、怪我をしてろくに就職活動ができなかったので、叔父が勧めてくれた地元の信用金庫に就職することになったんです。

 

でも、その職場は自分にはまったく合わなかった。はじめから信用金庫で働くことに気乗りしていませんでしたが、まったく仕事の面白さが自分にはわからなくて。1年で辞めて上京しました。

 

叔父には怒られましたが、私は一度こうと決めたら昔から絶対に自分を曲げないんです。それに、とにかく地元から外に出たいと思う気持ちが強かったです。

 

── その後、宮崎から上京し、どんな職業を経験しましたか。

 

日高さん:専門学校を経て、旅行会社に就職しました。ツアーコンダクターになって、国内でも海外でも好きに旅行してみたかったんです。ところが入社した会社はデスクワークがメインの仕事でした。しかも、よくよく考えたらツアーコンダクターの仕事をしたとしても、ツアーコンダクターってたぶんお客さんをまとめたり、案内したりする仕事ですよね。他人のお世話をするのが好きでも得意でもない自分には向いてないだろうと思って、半年も経たずに会社を辞めました。

 

そんな矢先に、たまたま目に入ったのがボートレーサー募集のCMだったんです。