「ホームレス支援」が敬遠される現実
── しかし、川口さんはひとりになっても活動をやめませんでした。そこから、ホームレス問題を「仕事」にしようと決断したのはどういった経緯からでしょうか。
川口さん:団体のビジョンは「ホームレス状態を生み出さない日本」にすることでした。路上から脱出しようと思ったら「誰もが何度でも、やり直せる社会」を作りたい。そのためには住まいや仕事を提供する支援が欠かせません。
まず取り組んだのは仕事を提供する仕組み作りでした。シェアサイクルビジネスとして「HUBchari(ハブチャリ)」を考案。ホームレスの人たちの多くが自転車修理を得意としており、その技術を活かす発想から行き着いた事業です。大阪の街で実証実験を行い、一定の評価を得て手応えを感じました。私がひとり取り残されたのはそんなときでした。
ホームレス問題の解決を期待して応援してくださる人たちを裏切るわけにはいきません。また、解決するチャンスになるかもしれないHUBchariの事業を、自らの手でつぶすわけにはいかない。そして何より、「働きたいんや」というおっちゃん(川口さんが口にするホームレスの人の愛称)の言葉が耳に残り、ひとりでもやり抜く覚悟をようやく決めました。

── HUBchariはその後、就労支援事業の柱になりました。その後も、再出発に向けた個室型の短期滞在施設「アンドセンター」を設立するなど、支援活動を順調に拡大させていきます。
川口さん:そうした支援活動を継続するには個人・法人のサポーター(寄付会員)の協力が必要になります。営業や広報などして寄付を求めるのですが、簡単にはいきません。ホームレス問題に対する偏見の根深さを感じる場面もありました。
たとえば、ある中小企業の社長が財団を立ち上げ、私たちのようなソーシャルビジネスを支援したいということで、紹介されたことがありました。最初はなごやかな雰囲気だったのですが、私たちが「ホームレス支援に取り組んでいる」と言った瞬間から突然、表情が険しくなったんです。
「なぜ、そんな怠けている奴らを支援しているんだ、信じられない」と、すごい剣幕でまくしたてられて。その人自身は、困窮家庭で育ち、苦労しながらも、一代で会社を築き上げた自負を持っておられたんです。彼らを認めるということは、逆境に負けず頑張ってきた自分の誇りを揺るがすことにつながる気がしたのだと思います。
また、テレビ局のドキュメンタリー番組の取材を受けていたときも似たようなできごとがありました。撮影は順調だったのですが、突如ストップがかかり、放送もされませんでした。「ホームレス問題を番組で取り扱ってほしくない」という番組スポンサーからのクレームがあったようです。こうした経験は一度や二度ではありません。