「きょうだいの世話でも母の介護でもなく、最大の悩みは父だった」。母のくも膜下出血を機に、18歳でヤングケアラーになった町亞聖さんですが、当時彼女を苦しめていたのは「お酒を飲んで暴れる」父親の存在でした。家事や家族の介護のイメージが強いヤングケアラーですが、精神疾患やアルコール依存を抱える家族のケアをしている子どももヤングケアラーに該当します。町さんが直面した「知られざる苦悩」の実態とは。

「出てけ」「勝手に入るな」父に理不尽に叱られ

── お母さんがくも膜下出血で入院した高3の18歳から、家事ときょうだいの世話をする、ヤングケアラーとしての生活が始まったそうですね。

 

町さん:母が入院した日に父から「今日からお前が(きょうだい)ふたりの母親だ」と言われました。父は普段から高圧的な言い方をし、お酒を飲めば家で暴れる人でした。

 

町亞聖さんとご家族
入院中のお母さんの病室を訪れた町さんきょうだい

母が倒れる前から「俺の言うことを聞いていたら間違いない」「言われたことだけしていればいい」と厳しくされてきました。私はそんな父に「お父さんの言うことを聞いていたって、ろくな大人にならない」と中学生の頃から反抗していて、早く家を出たいと思っていました。家族のケアでそれは叶わなくなりましたが…。

 

── 具体的にどんなところが理不尽だったのでしょう。

 

町さん:たとえば妹が部活で遅くなったとき、父は「なんで遅いんだ」と怒り始めて。「今日は部活で遅くなると聞いてるから仕方ないよ」と私が答えると、「それはお前の育て方が悪いからだ」と。叱られた挙句、「出てけ」と、家を追い出されたこともありました。

 

── 母親代わりの町さんの責任だと。

 

町さん:妹を心配する気持ちはわかるのですが、言い方ですよね。あとになって思うのは、当時の父には、私しか当たる人がいなかったんだと思います。父は私に甘えていたんでしょう。父が暴れるのは私が必ず夕飯を作ってからなんです。お湯を沸かすこともしない父ですから、食事を作り終わるまで追い出すことはしませんでした。

 

あるときは追い出されたあと、玄関に「勝手に入るな」という張り紙がしてあって。母の代わりに家のことをすべてしているのに「なんで私がこんな思いをしなくてはならないんだろう」と思っていました。

 

── お母さんはくも膜下出血の手術をした後に脳梗塞を併発し、右半身の麻痺と言語障害が残ったと伺いました。退院して家に戻ったお母さんは車椅子での生活だったそうですね。

 

町さん:当時、私が抱えていた大きな悩みは、家事でもきょうだいのことでも、母の介護でもなく父のことでした。大人が担うべき介護や家事などをしている子どもだけでなく、アルコール依存や精神疾患を抱えている家族の心のケアなどを日常的にしている場合も、ヤングケアラーに該当します。我が家のケースはどちらにも当てはまるということになります。

 

父はお酒を飲むと性格が変わってしまう人でした。身体的な暴力は振るわないものの、ちゃぶ台のものを全部投げて家のガラスをバリバリに割ってしまったり、弟が父に反発すると、「口応えするなら出てけ」と言って追い出したりしたことも。「誰が食わせてやっているんだ」も父のお決まりの言葉で、「俺に逆らうやつは家にいるな」と思っていたはずです。