「私は何をしているんだろう」娘の最期に会えなかった後悔

ルビー・モレノ
幅広い役どころで、演技派女優の一人に

── 外国人初の主演女優賞にも選ばれました。その後は人気ドラマにも多数出演され、「ルビー・モレノ旋風」が巻き起こりましたね。

 

ルビーさん:昼間は俳優、夜は飲食店。売れてからも自分でお金を使えるわけではなくて、本当に忙しかったです。俳優業だけになってからも、日中はレギュラー番組の収録が4本、夜から映画やドラマの撮影。寝る時間がないので、移動中のロケバスで仮眠をしていました。あの頃は友達も相談する人もいなくて、感情が爆発しそうでした。

 

── そうだったんですね。

 

ルビーさん:だから、少しでも時間があれば寝る間も惜しんでフィリピンの家族の元に帰りました。事務所の人に内緒で帰ったことは何度もあります。

 

家族が大好きで、なによりも大切。家族の顔を見ると元気になれました。家族のために、日本で一生懸命働くのはつらくはなかったんです。ただ、日本では本音を言える人がいない独りぼっちの生活で、心はずっと苦しかったです。

 

── そんな多忙を極めるなか、最愛の娘さんが他界されたそうですね。

 

ルビーさん:「娘が他界した」という知らせは、ドラマの撮影中に受け取りました。だから、仕事を抜けてフィリピンに帰ることはできませんでした。

 

娘が息を引き取るとき、そばにいてあげられなかった。「私は何をしているんだろう」と、絶望的な気持ちになりました。娘のために働いていたのに、最期にいてあげることができなかった。あのとき、心が壊れたように思います。今でも申し訳ないという後悔の気持ちでいるし、整理できないままでいます。この気持ちはずっと抱えたまま生きていくのだと思います。