絶望の底で響いた、実母の「金の卵」という言葉

高田敦子 高田美貴
高田さんと3歳になった美貴さん

── その孤独な戦いの中で、高田さんの心を救ったものは何だったのでしょうか。

 

高田さん:あのころは気持ちの浮き沈みが激しく、不安に押しつぶされそうになったときは、母に電話をしてよく話を聞いてもらっていました。あるとき、母が静かにこう言ったんです。「美貴は金の卵。ハンディキャップを持って生まれたとしても、この子にしかない魅力がきっとある。この子の力を引き出すのはあなたなのよ」と。

 

その言葉に、「不安に苛まれていた私に何とか前を向いてほしい」という母の愛情を強く感じました。暗い闇の中で孤独だった私が、「希望を持って未来に進もう」と決意できたのは、その日からです。

 

── 発達支援のための療育も、早い段階から始められたそうですね。

 

高田さん:はい。美貴が生後4か月ごろから、筋力トレーニングなどを目的に、いくつかの療養施設に通い始めました。同じ境遇の母親たちに出会えたことで、「大変なのは私だけじゃない」と感じられたのと同時に、とても前向きに過ごしている姿がとても印象的で。「母親の心が安定していることが、穏やかな子育てには欠かせない」と実感しました。

 

── 周囲の赤ちゃんと比べてしまうことも、あったのでしょうか? 

 

高田さん:当時は、療育や通院で毎日がいっぱいいっぱい。正直、周りを意識する余裕すらありませんでした。また、美貴はダウン症の子の中でも、比較的筋力がある方で、体や動作の発達については、ほかの子と同じように成長していったため「うちの子だけできない」という落ち込みは感じませんでした。

 

始まりは絶望に近い気持ちでした。でも、母のおかげで心の平穏を取り戻すことができてからは、美貴との時間を愛おしく感じながら、子育てに向き合うことができたように思います。