がんにかかっただけの人生で終わらせない
── がんを経験したことで、人生の捉え方に変化はありましたか。過酷な経験を通じて得た新たな気づきや価値観の変化を「贈り物」と捉える「キャンサーギフト」という言葉がありますが、阿久津さんはどう受け止めていますか。
阿久津さん:私はその言葉は使いません。がんにはかからないに越したことはないから、「ギフト」とは思えないんです。ただ、がんを経験したからこそ、伝えられることが増えたのもたしかです。誰かの「次の一歩」につながるなら、という使命感は、より強くなりました。
今も再発の不安はありますし、血液検査のたびに腫瘍マーカーの数値におびえます。でも、胸を失ったことを嘆くより「今の自分なら何ができるか」を探すほうが、人生は楽しめます。やりたいことを我慢するのはもったいないですから。 私が告知を受けて落ち込んでいたとき、末期がんの患者さんから「とにかく好きなことをしたほうがいい」と言われたことがあって。その言葉がずっと残っています。どこまで続くかわからない命なら、「楽しかった」と思って終わりたい。今はそう思っています。
── 闘病の記録をまとめた著書のタイトルは『おっぱい2つとってみた』。過酷な経験とは対照的な、この軽やかな言葉に込めた思いを聞かせてください。
阿久津さん:乳がんは今や9人に1人が経験する時代で、誰にとっても無関係ではありません。だったら、病気を過剰に特別視せず、共存しながら生きていく考え方があってもいい。「大変だ」と言い続けていると、自分自身がそのイメージに飲み込まれて、立ち上がれなくなってしまう。事実を認めつつも「なんとかなるかもしれないね」と自分に言い聞かせて、前を向きたい。そんな願いを込めて、あえてこのタイトルを選びました。
── 今、がんと向き合っている方、あるいはその周りにいる人へ、伝えたいことはありますか。
阿久津さん:私の父は自分ががんと察しながらも、家族にひと言も切り出せないまま亡くなりました。意識が混濁するなかで、父はやりたいことをたくさん口にしていたんです。その願いに家族として寄り添いきれなかったことは、今も強い後悔として残っています。
人によることはわかっていますが、今はもう、病気を隠す時代ではありません。治療の選択肢も、その後の生き方も、本人と周囲が対等に話し合える世の中にならないといけない。私が発信を続けているのは、誰かが同じ後悔をしないためでもあります。
がんになったとき、人はどうしてもひとりで抱え込んでしまいます。でも、誰かと手をつないで「困っている」と声に出したほうがいい。周りにいる人は、まず「あなたはどうしたい?」と、本人の意思を聞いてほしい。余計なことを気にせず、自分がどうなれば気分がいいのかを選んでいい。自分ファーストで、笑って過ごしてほしいと思います。
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「病気を隠す時代ではない。自分ファーストで、誰かと手をつないでほしい」。そう語る阿久津さんの願いは、今ひとりで踏ん張っている誰かへのエールです。皆さんは、勇気を出して「困っている」と声を上げたことで、救われた経験はありますか?
取材・文:西尾英子 写真:阿久津友紀