「これまで、めちゃくちゃ失礼なことを聞いていたかもしれない」。乳がんをテーマに20年以上、カメラを回し続けてきた報道記者の阿久津友紀さん。2019年、そのレンズがまさか自分自身に向けられる日が来るとは想像もしていませんでした。告げられたのは、5%未満という稀な「両側乳がん」。当事者になった瞬間、真っ先に浮かんだのは、かつて取材した患者たちへの「申し訳なさ」。撮る側から撮られる側へ。病床で初めて気づいた、カメラの前でさらけ出すことの本当の重みとは。
告知され頭に浮かんだ「患者への申し訳なさ」
── 報道記者として、乳がんをテーマにしたドキュメンタリーを20年以上制作してきた阿久津さんが、2019年、「両側乳がん」の告知を受けました。カメラの向こう側で患者を見つめ続けてきたご自身が「当事者」になった瞬間、最初に浮かんだのはどんな思いでしたか。
阿久津さん:もしかして、これまで患者さんに申し訳ないことをしてきたんじゃないだろうか。告知を受けた瞬間、真っ先に浮かんだのはその思いでした。これまで、めちゃくちゃ失礼なことを聞いていたかもしれない、と。
── どうしてそう感じたのでしょう。
阿久津さん:ドキュメンタリーを作るには、真実に迫る必要があります。病状だけでなく、家族の受け止め方や治療費の明細まで見せてもらうこともありました。そこまで踏み込んで初めて、患者さんの家族関係から経済状況まで見えてきます。時にはご自身の病気で精一杯な方に、家族の本音や子どもへの影響など、触れていいのかと自問しながらギリギリの内容まで聞き続けてきました。
なかでも印象深かったのは、再発転移と向き合っていた女性を幼い娘さんが支えていたケースです。料理などの家事を手伝う娘さんの姿を撮らせてもらったのですが、「ママがいなくなっても、ちゃんとできるようにならなきゃね」と諭す母に、娘さんは涙をこらえながらうなずいて…。あの場面をカメラの前でさらけ出すことが、どれほど重い決断だったか。
もし自分が同じ立場だったら、その瞬間をカメラの前で見せられるだろうか、と。取材を受けてくれた方々は「自分の経験が次の誰かの力になれば」と、思いを込めて示してくれていた。彼女たちの強い覚悟に、自分自身ががんになるまで本当の意味で気づけていなかったんだと思います。