「見てはダメ」の間違った気遣いが作る透明な壁

── ダンスで人生が輝いたDAIKIさんですが、障害者としていまだにツラい思いをされる場面もあるそうですね。
DAIKIさん:たとえば、デパートで僕のことをジッと見ている子がいたんです。すると、近くにいた母親が慌てて「見てはダメ」と目を逸させることがありました。同様のことで僕の仲間が僕のために怒ってくれることもあるのですが、気を使わせてしまうことに落ち込むこともあります。
── 見えない壁が生まれてしまうのですね。子どもが純粋に興味を持つことはあると思います。親として、当事者のDAIKIさんは、どう接するのが望ましいと考えていますか?
DAIKIさん:僕に限ってかもしれませんが、僕を見て不思議に思うことがあれば「どうして背が低いの?」と聞いてくれたらいい。そうすれば僕は理由を説明できるし、相手も僕を理解できる。そこから「友達」になれるんじゃないかなって思うんです。
僕は昔からコミュニケーション能力が高く、それは中学2年生までの自暴自棄になっている時期もそうでした。そのおかげで仲間には恵まれているし、気づいたら友達になっていた。だから腫れ物のように扱わず、聞いてくれたらって思います。
── でも「聞きづらい」「聞いてはいけない」と感じている人はいるかもしれません。
DAIKIさん:たしかに本人に直接聞くのは勇気が必要かもしれません。でも、その一歩がない限り、0が1にはならず、僕たちの世界は交わらないままです。僕が「仲良くなりたい」と思っても、相手が0なら意味がない。病気のこと、少しでも知ってくれたら僕は嬉しいですね。
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街で彼のような人を見かけたとき。私たちも無意識に視線を逸らし、関わりを断絶してはいないでしょうか。
「見てはいけない」という間違った気遣いが、はからずも相手を「いないもの」にしているのかもしれません。DAIKIさんの言葉に触れ、あなたの心に浮かんだ「違和感」や「本音」はどんなものでしたか?
取材・文:酒井明子 写真:DAIKI