「どうしてあの人は背が低いの?」。わが子の純粋な質問に、あなたならどう向き合いますか。 身長128cm、軟骨無形成症という難病と向き合い、大河ドラマ『光る君へ』にも出演を果たしたDAIKIさん。10歳で自ら病を検索し、辿り着いた事実に絶望した過去。今も街で浴びる「見てはダメ」という制止が作る“壁”を壊す、彼がたどり着いた答えに迫ります。

検索ボタンを押して10歳で知った「自分の正体」

DAIKI
小学生のころのDAIKIさん

── 生まれながらにして骨の成長が抑えられ、低身長などになる「軟骨無形成症」という難病と闘ってきたDAIKIさん。病気のせいで大変な思いもされたのでは。

 

DAIKIさん:どれほど願っても身長は伸びず、徒競争で全力で走っても勝てない。幼ごころに「何かがおかしい」と感じていました。でも、母や担任の先生からは何も知らされていなかったんです。母は「病気だと知れば、できないことを病気のせいにし、努力をしない子になる」と、考えていたそうです。

 

── その沈黙が、かえって孤独を深めたのですね。

 

DAIKIさん:「自分は人と違うのでは」と次第に思うようになり、小学4年生のときに教室にあったパソコンで「背が小さい」「身長が伸びない」と長い時間をかけて検索しました。すると、画面には「軟骨無形成症」という見慣れない言葉が現れて。もしかしてこれが自分のことではないかと思いましたが、それでも最初は半信半疑でした。それで母親にそのことを伝えたら「そうだよ。あなたのことよ」と言われて、自分の病気について知りました。

 

言わなかった母親の気持ちもわかりますが、「もっと早く病気について知っていたら違和感なく生きられたのに、これまでの努力はすべて無駄だった」と、絶望しました。教えてくれなかった親のせいにし、僕自身も母に心を閉ざし、長い間反抗もしてきました。母は僕の気持ちはわかるけれど、本当の気持ちをわかってあげることはできないと思っていたようで、僕がなにをしても怒るようなことはありませんでしたね。

 

「努力しても無駄」と半ば自暴自棄になり、中学2年生ごろまでは学校にもあまり行けず、勉強もしない日々が続きました。

 

── 中学2年生のときになにか転機があったのですか?

 

DAIKIさん:ひとつは親身になってくれる担任の先生に出会えたことです。僕がサボっていると「見捨てることはできない」と、どこまでも追いかけてきて、学校に連れ戻されました。その熱意に感動して心を入れ替え、学校に再び通い、高校受験を前にして勉強に励むようになりました。

 

もうひとつは、ダンスです。友人が踊る姿を見て、理屈抜きに「カッコいいな」と。僕のように障害がある体でも、踊っているときは自由になれます。僕は病気の影響で上半身の発達が早いため、他人が真似できないアクロバットな技もできる。「自分の体だからこそできるダンスがある」と知って、のめり込みました。