「おじさんネイリスト」として──性別ではなく、目の前の一人を喜ばせるだけ
池袋に店舗を開業するきっかけは、ある日、突然訪れました。勤務先が経営悪化で倒産。およそ80人いたリピーターから「塩見さんにやってほしい」と背中を押す声が相次いだそうです。
「僕のデザインは1点もの。その方の雰囲気やイベントに合わせて、その場で作り上げます。お客さんからは『人をダメにするサロン(他にはもう行けない)』なんて言われています。この20年で、男性が美容に力を入れるのは当たり前になり、ネイルをする男性も増えました。先日、僕が昔から好きなエヴァンゲリオンのフェスでネイルチップを販売したら、何人もの男性が買ってくれたんです。今まで一度もネイルをしたことがないという方から、『どうやってやるんですか』と聞かれ、嬉しくて涙が出そうでした」
しかし、男性がネイリストであることを押し出すのは違うと考える塩見さん。「メンズネイリスト」という言葉も好きではないといいます。
僕はただの『おじさんネイリスト』。ネーミングセンスが壊滅的にないとお客さんから言われます(笑)。僕は別に、やたらと男性のネイリストを増やしたいと思ってはいません。むしろ、男性のネイリストが増えることにヒヤヒヤしています。全体として男性が少なく目立つからこそ誰かが事件を起こせばその瞬間、僕を含めメンズネイリストに向けられる視線が変わる。だから「誰も何もしでかさないでくれ!」と願うばかりです。
そもそも、黒の中に白が入る時点でとやかく言われるのは仕方がない。でも、評価は適切にしてほしい。その評価を下すのは、オーナーや店長ではなく、目の前のお客さんです。技術があれば評価される世界。僕はお客さんを喜ばせるために、頑張って新しいアイディアを生み出し続けていくだけです」
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「死にやがって」という卑劣な言葉。塩見さんは、そんな倫理の通じない場所を静かに見切り、自らの腕一本で居場所を切り拓きました。理不尽に抗うのではなく、ノイズを捨てて目の前の一人を喜ばせることに没頭する。そんな「潔い諦め」の先にこそ、誰にも侵されない、あなただけの居場所が待っているのかもしれません。
取材・文:内橋明日香 写真:塩見隼人