テレビ出演の裏にあった、次女・ちさ子の「親孝行」

── 未知子さんとブランドとのコラボはテレビの企画がきっかけだったそうですね。高嶋家の密着企画で、ご家族でテレビに出るようになったのは、何か理由があったのですか。

 

高嶋さん:家内が亡くなったあと、僕があまりに落ち込んでいたので、ちさ子が「お父さん、テレビに出てみたら?」と勧めてくれたんです。このままだとボケちゃうのではと心配したようなんですね。惚気るわけじゃないですが、やっぱり妻とはすごく仲がよかったし、ダウン症の長女・未知子を抱えて共に人生を歩んできた仲間という意識があったんです。

 

高嶋弘之さん
アメリカ滞在中に撮影した1枚

── 奥さまとは本当に仲が良かったそうですね。

 

高嶋さん:妻は2015年の2月に間質性肺炎ということがわかって、もう2か月も生きられないと言われた。そのころ、妻から「早く帰ってきて」って言われたんだけど、仕事に出ていてね。ずっとついていてあげたらよかったというのが心残りです。

 

妻が亡くなって、ふたりで人の悪口が言えないのは寂しいです。妻の悪口はとにかく的確なんですよ。謎かけのように「〜にかけて〜と解きます」というような言い振りで人の悪口をいうこともあって、本当に面白い人だったんです。

 

── お写真を拝見すると、奥さまと次女のちさ子さんは似ていらっしゃいますね。

 

高嶋さん:すごく似てるよね。我が娘ながら、美人だよね。でもちさ子の顔はやっぱりきついですよ。妻は本当に優しい顔をしてた。美人で品もあって。会社で出会って、誰かにとられては困ると思って2か月で辞めてもらった。話好きだったし気も合うし、何より頭がいい。ちさ子は妻が亡くなる間際まで、次のコンサートで「こんなこと話そうと思うんだけど」と妻に相談して、「それは面白くない」とうちの妻から言われていました。