「私はいい人と結婚できた」最期の言葉を胸に
── 奥さまとはダウン症の未知子さんを抱えて人生を歩んだ仲間だとお話しされていましたが、次女のちさ子さんからは「お父さんは仕事ばっかりで子育てはしていない」と言われているそうですね。当時を振り返ってみていかがですか。
高嶋さん:仕事で忙しく家に3時間だけ寝に帰るようなときもあって、確かに子育てに関わってきたことは少なかった。でも、東芝レコードで働きながら未知子の送り迎えをしたり、妻と一緒に施設をいくつも見て歩いたり。自分なりには一生懸命やってきたつもりです。
先日、未知子が小学生の子どもたちを見て「私が結婚して子どもがいたら、どんなふうになっていたかな」と涙を浮かべていたんです。彼女の中にそんな繊細な感情があるなんて。妻にも聞かせたかった。
妻から最期に「私はいい人と結婚できた」と言ってもらえたのは本当に嬉しかった。でも、もうちょっと長生きしてほしかったね。ちさ子からは「お父さん、無理やり言わせたんでしょ」って言われたけどね(笑)。自分で言うのもあれだけど、本当に仲のいい夫婦だった。今、こうしてテレビや講演会、歌に挑戦している姿を妻はどう思うかな。きっと笑われるかもしれないね。
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「才能を、もっと早くに見つけてあげたかった」。かつてビートルズを日本に広め、数々のスターを世に送り出してきた伝説のディレクター・弘之さんが見つけたのは、最も身近にいた愛娘の「輝き」でした。
「隠さない」と決めたあの日から60年。社会と繋がりを持てている現在の長女の姿を見て安心していると弘之さんは語ります。あなたは、一番近くにいる大切な人の「本当の才能」に、気づけていますか?
取材・文:内橋明日香 写真:高嶋弘之 注:高嶋さんの高ははしごだかが正式表記