未知子がいなかったら「もっと偉そうな人間になっていた」

── 弘之さんは、レコード会社に勤務し、ディレクターとしてビートルズを日本でヒットさせた方だと伺っています。仕事も忙しかったそうですね。

 

高嶋さん:変な言い方だけどね、僕は大学が早稲田で、妻は慶應。妻との出会いは職場だったんだけど、東芝レコードでバリバリ仕事をして。未知子という存在がいなかったら、もっと偉そうな人間になっていたかもしれないと思うんです。神様が、もしかしたら世界でいちばん優しい男にしようと、僕のところに未知子をよこしたのかなって。

 

テレビに出るようになってから、「ダウン症のお子さんを持つ家族として講演してください」という依頼が増えたんだけど、次女のちさ子には「お父さんは仕事ばっかりしてたんだから、しゃべる資格ない」と、釘を刺されています(笑)。だから講演会では「私には資格はございませんが…」と前置きしてから話し始めるんです。

 

── 音楽をテーマにした著書でも、あえて未知子さんのことを詳しく書かれています。

 

高嶋さん:昔、友人から「うちは(有名私立の)どこどこの小学校に行くよ、高嶋、お前のとこもそろそろ学校じゃないの?」と聞かれて、「うちの子はダウン症で」と答えると、みんな固まっちゃったことがあって。「あぁ、それは悪いこと聞いちゃった」ってバツが悪い顔をしているんです。

 

でもダウン症の子が持つ感情の豊かさや才能、これは誇れる個性です。世の中にある誤解を解きたくて、本にも未知子のことを何ページにも渡って書きました。

 

ある時、本を読んだ親御さんから「うちの息子もダウン症なんです」って言われてね。今でもこの話をすると涙が出るんだけど、その方は「私は息子に早く死んでほしいと思っていた。でも、高嶋さんの本を読んで考え方が変わった。息子には本当に悪いことをしたと思う」と、私の目の前で泣いていました。ダウン症のお子さんも、ご家族も、もっと堂々と生きられる社会にするために僕ができることはしていこうと誓いました。