32歳で社長になった私が29歳に息子に思うこと

諏訪貴子
経営危機からのV字回復で「町工場の星」と言われたダイヤ精機の社員たちと

── 現在、29歳になった息子さんは国家公務員として、リーダーの道を歩まれているそうですね。この先、次期社長として息子さんへの事業継承は考えていますか?

 

諏訪さん:息子には一度も「継いでほしい」と言ったことはありません。ただ、思えば父も私にそうでした。直接言わなくても、私を取引先の銀行に連れて行き、社長のノウハウを教えてくれていました。父が亡くなってから知ったことですが、他の社員に「貴子は経営者の才能があるから、自分に何か起きたときは彼女を社長に」と伝えてくれていて、父なりに先を見据えて動いてくれたように感じます。

 

私も無意識のうちに、周囲に息子のことを話したり、工場でアルバイトをさせたりと、父と同じ「種まき」をしていたのかもしれません。今は自立したひとりの男性として、彼の人生を頼もしく見守っています。 

 

──社長業や子育て、長い間激動の日々が続いたと思いますが、今は息子さんは仕事の都合で北海道で暮らしているため、諏訪さんは愛犬と暮らしているとのこと。会社は安定し、子育ても終わり、少し時間に余裕は出てきましたか?

 

諏訪さん:むしろ、以前より忙しくなりました(笑)。ずっと続けているバレエや、念願だった洋服作り。32歳で社長になった当時は、自分を後回しにするのが当たり前でしたが、今はようやく「自分の軸」を持って人生を楽しめています。環境が変わっても、変わらない芯を持って、これからも前に進んでいきたいですね。

 

取材・文:小山内麗香 写真:諏訪貴子