「お母さん、お仕事頑張ってるから寂しくないよ」。6歳の息子のそのひと言が、倒産寸前の会社を背負う彼女のすべてでした。アメリカへ赴任した夫と離れ、シングルマザーさながらに町工場を再建させた諏訪貴子さん。実母からの「息子がかわいそう」という叱責、母親としての不甲斐なさを抱えながら、彼女が20年かけて辿り着いた「卒婚」という新しい家族の形に迫ります。
「息子がかわいそう」実母との衝突、救った息子の言葉

── 夫のアメリカ赴任に伴い、家族での移住が決まっていた直後に父が急死。専業主婦から突如として父の後を継いでダイヤ精機の二代目社長になった諏訪さん。結果的に、夫は単身赴任で渡米し、6歳の息子を育てながら社長業に邁進することになります。
諏訪さん:当時は会社が倒産寸前だったので、立ち止まる余裕すらありませんでした。夫は長年の夢だった海外赴任へ。私は日本で慣れない経営と子育ての両立に奔走する毎日。常に余裕はありませんでした。
仕事で家を空けざるえない時間があったのですが、母から「息子がひとりでかわいそうだ」と責められ、衝突することもありました。母も、父が急に亡くなり、共に築いてきた会社を娘が引き継いだことに、複雑な感情があったのかもしれません。
社長業の孤独、母親としての不甲斐なさを感じる毎日…。それでも頑張れたのは、まだ幼かった息子の言葉でした。「僕は寂しくないよ。お母さん、お仕事頑張ってるから!」。そのひと言にどれほど救われ、自分を奮い立たせたかわかりません。おかげで、銀行から合併すら持ちかけられた瀕死の会社を、社長就任から3年で業績回復させました。