お笑い嫌いの父が、知らないふりで続けていた「録画」

── お笑い芸人としての身分を隠していたお父さんに素性がバレたのもこのころですか?
鉄拳さん:著書の発売直後だったと思います。実は上京後も父はよく手紙やリンゴを送ってくれていましたが、当時の僕は東京で成功することに必死で、連絡を無視したりして、本当に感謝がたりなかった。父に合わせる顔がなくて、芸人をやっているとは言えませんでした。
── テレビ番組の企画で、ついにカミングアウトされました。
鉄拳さん:父の理髪店へロケに行き「実は息子でした」と告げると、父は「がんばれよ」とひと言だけ。驚く様子もなくて。実はまわりから聞いて知っていたのに、僕が自分から言うまでずっと「知らないふり」をしてくれていたんです。
── お父さんは、陰ながら応援されていたんですね。
鉄拳さん:後で知ったのですが、父は僕が出る番組をすべて録画し、新聞や雑誌の切り抜きを大切に保管してくれていました。あんなに反抗して、無視し続けていたのに。 そんな僕にうるさいことを言わず、静かに見守り続けていてくれたんですね。今は失った時間を取り戻すように、父といっしょにお酒を飲んだり、旅行をしたりして、ようやく親孝行をしています。
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夢をあきらめ、逃げ続けた先でしか出会えない「正解」もある。 そして、反抗し続けた子どもを、何も言わずに録画し続けていた親の沈黙。
あなたの人生で、当時は「無駄だ」と絶望した経験が、今思わぬ形で役に立っていることはありますか?また、親が言葉にせず、静かに送ってくれていた「サイン」に気づいた瞬間はいつでしたか。
取材・文:酒井明子 写真・イラスト:鉄拳