「少しでもダメだと思うと、一瞬で冷めてしまうんです」。漫画家、レスラー、俳優…。挫折を繰り返し、何者にもなれなかった鉄拳さん。しかし、「挫折の経験」こそが、後に世界を泣かせるパラパラ漫画を描くための、欠かせない色彩となりました。その裏にあったのは、故郷から応援してくれていた父を無視し続けた20年。お笑い嫌いの父に正体を隠し、顔を白く塗りつぶして舞台に立ったあの日。父が「知らないふり」で静かに録画し続けていた、不器用な親子の和解に迫ります。

「ダメだ」と思った瞬間に冷める、飽きっぽさと挫折の連鎖

実家が理髪店だったので、お客様用の『週刊少年ジャンプ』が常にあった
実家が理髪店だったので、お客様用の『週刊少年ジャンプ』が常にあった

── パラパラ漫画でおなじみの鉄拳さんですが、顔を隠しているにも関わらずデビュー当時から地元でも有名だったそうですね。

 

鉄拳さん:理髪店を営んでいた父がお笑い好きではなかったので、顔にペイントをすれば家族や友だちに素性はバレないと思ったんです。でも、地元の本屋に陳列された僕の著書には「理髪店(実家)の息子の書籍」というポップが…個人情報もなにもないですよ(笑)。特徴的な話し方なので、地元では気づく人が多かったみたいです。

 

── 芸人になるまでは相当な試行錯誤があったそうですね。

 

鉄拳さん:本当に、さまざまなことにチャレンジしては諦めてきました。実家が理髪店だったので、お客様用の『週刊少年ジャンプ』が常にあったんです。それを真似して描くうちに漫画家を目指し、高校生で初めて出した作品で賞をいただきました。

 

── 初投稿で受賞するなんてすごいですね!

 

鉄拳さん:でも、次に出した自信作が最終選考にも残らず、「おもしろくない」と酷評された瞬間に、熱が一気に冷めてしまった。僕は目標を見つけるとすぐ挑戦する反面、少しでもダメだと一瞬で諦めてしまう。次に目指したプロレスラーも、身長制限で断念。俳優を目指して劇団に入りましたが、滑舌の悪さを笑われて「あ、これも無理だ」と。自分には合っていないと思い、俳優の道も諦めました。そんなときに出会ったのがお笑いでした。

すべての挫折が「鉄拳」というキャラに集約された

初めてお笑いライブを観に行った時、衝撃を受けて事務所へ
初めてお笑いライブを観に行ったとき、衝撃を受けて事務所へ

── そこで、やっとお笑いにたどり着く。

 

鉄拳さん:当時はお笑い番組『ボキャブラ天国』などがブーム。ライブハウス前で騒がれている出演者に憧れ、知識も経験もないまま事務所に入り、ステージに立つことになりました。でも、ただ立っても面白くない。そこで、かつて憧れたプロレスラー、ロード・ウォリアーズのようなペイントを施し、俳優修業で苦労した「滑舌の悪さ」を逆手に取り、漫画家を目指した「絵の技術」を漫談に組み込んだんです。そうしたら、ウケたんです。

 

── 過去の挫折が、すべて今の芸風に生きていますね。

 

鉄拳さん:驚きました。最初は顔のペイントに否定的な意見もありましたが、キャラクターとのギャップが面白いという評価に変わり、少しずつ仕事のオファーも来るように。お笑い番組『爆笑オンエアバトル』に呼ばれて、のちにベストセラーとなった書籍『こんな○○は××だ!』を発売することになりました。でも、バラバラだった経験が、一つでも欠けていたら「鉄拳」は生まれていません。逃げたと思われることもあったかもしれませんが、そうだったからこそ新しい道が開けたんです。