10万人に6例未満と言われ、治療法も確立されていない希少がん。21歳でステージ4を宣告されたうーたんさんは現在23歳に。手術した耳下腺がんの再発はなく過ごせているものの、肺には転移した小さな腫瘍が残っており、「残りの人生がどれくらいかわからない」という現実と向き合い続けています。そんな状況で彼女はなぜ、過酷な闘病の様子を発信し続けるのか。そこには「この経験をつらいだけで終わらせたくない」という、ひとりの女性の切実な願いがありました。

手術後は顔が腫れ…でも「やった!」と思った

── 高校生のころから首に痛みを感じ、その後、大学生のときに耳下腺がんと肺への多発転移が判明したうーたんさん。耳下腺がんは10万人に6例未満の希少がんのひとつで、治療が難しいと言われているそうですね。治療はどのように進めたのでしょうか?

 

うーたんさん:私の場合、肺に転移した腫瘍が稀なもので今は効く薬がなく、完治はなかなか望めず確率が低いということで、少しでも効く可能性のある薬を探すところから始めました。

 

さらに、肺の腫瘍の完治が望めないのに、耳下腺の手術をするのかどうか決断しなければなりませんでした。耳下腺は耳の前にあり、顔の神経が通っている箇所です。そのため手術をすると、神経を取らなければならず、顔が変わる可能性があると聞いていました。手術自体も自分の足から神経や脂肪、骨を移植する大手術になり、先生たちも顔が変わるリスクを負ってまで、若い私がそんなに大きな手術をする必要があるのかと考えてくださったんです。

 

ただ、当時は強い痛みがありましたし、がんの告知の直前に長くつき合っていた彼にプロポーズを受けたこともあって、できるだけ長く元気に生きるためには悪いものを取るしかない、ならば最大限できることはやろうという思いでした。それで、決心して耳下腺の手術を受けました。

 

── 手術で顔が変わるかもしれないということでしたが、術後はいかがでしたか?

 

うーたんさん:パンパンに腫れました。手術した側の眉毛も目も口も動かせなくて、左右の顔が別人みたいになりましたね。

 

うーたん
耳下腺の手術後、麻痺や腫れが出る前のうーたんさん

でも、手術前には目の神経も切ると言われていて、まぶたが動かせずだらんと下がったままの顔になることも覚悟していました。でも、いざ手術してみると先生たちの方で目の神経はそのままでよいという判断になったそうなんです。手術が終わったときは、顔が変わって悲しいとかそういう思いよりも、「目の神経を残せた!やった!」という気持ちが強かったです。

 

── 今、お話ししていても麻痺があることをまったく感じません。

 

うーたんさん:手術をしてくださった先生方の技術のおかげだと、本当に感謝しています。 術後は右顔面のすべてに麻痺があり、骨をボルトで固定していたので、口が大きく開けられず食事などには苦労しました。それでも、家族と一緒に協力をして毎日リハビリを続けていることもあり、段々と麻痺の範囲が小さくなってきました。術後1年半ほど経ちますが、耳下腺の再発はなく過ごせています。