「働きすぎです。また病気になりますよ」。それは、過酷ながん闘病を乗り越えた笠井信輔さんに、最愛の人が送り続けてきた言葉でした。しかし、仕事への情熱は時にその声を遮ってしまう。がんから6年、無理を重ねた末に襲ったのは、右目が開かなくなるほどの帯状疱疹でした。再び試練に直面した夫と、それを側で見守り続けてきた妻。彼女が今、改めて夫に託す「願い」とは。
悪性リンパ腫から退院後はゆっくり療養していたが

── 夫の笠井信輔さんは、2019年9月末でフジテレビを退職し、フリーアナウンサーとして活動をはじめた矢先に悪性リンパ腫を公表。4か月半の入院生活を過ごしたのち、2020年4月末に退院しました。退院後は、しばらく療養生活を過ごしたそうですが、ご自宅での様子はいかがでしたか?
茅原さん:退院したときはコロナ禍だったので、笠井だけ自分の部屋で過ごしたいと言って、家族とはスマホのビデオ通話で話をしていました。その後、治療の経過が順調だったので仕事復帰を徐々に考えていきますが、抗がん剤の影響で眉毛がほとんど抜けていたんです。彼は「早く仕事に戻りたいけど、この顔じゃ人前に出られない」と嘆いたので、眉毛がないならAmazonか何かでアイブロウペンシルを買って、自分で眉毛の書き方の動画を見て練習してくださいと伝えて。私が「こうやって眉毛を描くんだよ」と、やさしく教える妻ではなかったので、自分で一生懸命動画を見て描いていましたね。
── 自分でできることは自分ですると。
茅原さん:そうですね。退院してしばらくは時間があったし、笠井は好奇心が強いので、鏡を見ながら「これでいいのかな?」と私に見せてきて、なんだかんだ楽しみながら描いてましたよ。
── その後、徐々に仕事復帰されていきますが、病気になる前と比べて生活は変わりましたか?
茅原さん:退院後は食生活を見直すようになって、外食も減りました。以前はお腹が空いたらコンビニで菓子パンを買って、新幹線で食べながら帰ってきたのが、今は間食をやめて家のご飯をしっかり食べるように。でも、健康を強く意識したのは仕事復帰してしばらくですかね。仕事がだんだん忙しくなってくると、体のことはやっぱり疎かになってしまったと思います。
地方の仕事も多かったので移動だけでも大変でしたし、地方から東京に戻ってきたらそのまま映画館に行ったり、会食したり、とにかくジッとしていないんです。自分は若いつもりかもしれないし、無理をしている自覚がないかもしれない。でも、以前のような多忙な生活に戻った笠井を見て「この生活を続けていると、また病気になりますよ」とずっと言い続けていましたが、まったく聞いていなかったような気がします。