「ごめんね、病気になっちゃった」。悪性リンパ腫の発覚時、笠井信輔さんが妻に告げたのは、震える声での謝罪でした。テレビの第一線で走り続け、多忙ゆえに家庭では「不在」がちだった歳月。しかし、7年前の過酷な闘病は、皮肉にも止まっていた家族の時計を動かすことになります。病という試練の傍らで、夫として、父として、彼がようやく取り戻した「居場所」とは。
夫から告げられたのは食器を洗っているときだった

── 夫の笠井信輔さんは2019年9月末にフジテレビを退職し、同年10月からフリーアナウンサーに転身されました。しかしフジテレビ退職前から体に違和感があり病院を受診していましたが、「悪性リンパ腫」と診断名が確定したのは、退職から2か月後のことでした。約4か月半の入院生活を過ごすことになりますが、茅原さんは笠井さんから病気についてはいつ、どのように伝えられましたか?
茅原さん:夕ご飯が終わって食器を洗っているときに、リビングに座っていた笠井が、「ごめんね、病気になっちゃった」と突然言ったんです。私は洗い物をしていたから聞こえにくくて、「えっ?なに?なんの病気?」と聞き直すと、「悪性リンパ腫」と言われて。私はすぐに「そう、じゃあセカンドオピニオン受けてくれる?」と言いました。
── 動揺するでもなく、すぐにセカンドオピニオンをうながしたんですね。
茅原さん:そうですね。漫画で言う「ガ〜ン」「なんであなたが…!」といった、取り乱したり、うろたえたりする感じはなかったです。笠井は涙目でしたけど。でも、どう見ても死ぬ人に見えなかったんですよ。病院1箇所だけで判断するのはどうかと思って、セカンドオピニオンを勧めました。
ただ、後から聞いたら笠井はすでに3箇所の病院で検査していたらしいのですが、私はそのとき、知らなかったんです。「セカンドじゃないし、また検査するの?」と思ったかもしれないけど、素直にもう1箇所病院に行って、ここでもやはり「悪性リンパ腫」と診断がつきました。
── 笠井さんが茅原さんに悪性リンパ腫と伝えるまで、体の不調を訴えてはいたのでしょうか?
茅原さん:ところどころ聞いていました。腰が痛いから帰りに整体に寄ってくるとか、トイレが頻回で急激に尿意を催すことがあって、ひと駅ごとに降りてトイレに駆け込んだとか。病院を受診したら前立腺肥大と言われて薬を飲んでいるとか。でも、私にすべてを話してくれた訳ではなかったですね。何か所も病院を回っているとか、体の詳しい状態までは聞いていなかったです。
私自身は、前立腺肥大と言われて1か月薬を飲んでも変わらないなら、違う病気か、薬が合うのか疑ったほうがいいと思ってました。
── 笠井さんが頻尿を訴えたことで、オムツも勧めたそうですね。
茅原さん:そうです。はじめはすごく抵抗していたけど、別に恥ずかしいことじゃないし、文明の力があるなら使ったほうがいいんですよ。笠井は講演の仕事も多かったので、講演中にもよおしてしまう心配があるなら、あらかじめオムツをしたほうが安心だと伝えました。