「あ、彼の視界に入っちゃった」。初めて推しと会える最高の舞台で徳丸奈瑠美さんが感じたのは、恥ずかしさ。それは、89キロの体型そのものではなく、大切な推しのために努力を怠った「自分の心」に対する悔しさでもありました。周囲のファンの矜持に火をつけられ、始まった1年半の闘い。41キロ減量の先に彼女が見つけた「自分に胸を張れる自分」とは。

メタボ指導する立場なのに、体脂肪は43%

徳丸奈瑠美
3歳当時、大好きなセーラムーンの服を着てご機嫌な徳丸さん

── 89キロから48キロへの減量を経験し、その驚異的なビフォーアフターがメディアでも取り上げられた徳丸奈瑠美さん。「どうせ私なんて」と自分の体型に目を背けていた徳丸さんが本気で変わるきっかけになったのは、ある俳優の「推し活」だったそうですね。体重が89キロあったときも、現在と同じ医療の専門職で働かれていたとか。

 

徳丸さん:はい。看護師と保健師の資格を活かし、老人保健施設でお年寄りの健康を支える看護職として働いています。以前は美容クリニックで看護師をしていた時期もありましたが、27歳まで広島の実家で祖父母と暮らしていて。すごくおばあちゃん子だったので、お年寄りが関わる職場が自分には合っているなと感じています。

 

── もともと体格はいいほうだったのでしょうか。

 

徳丸さん:実は、小学校に入るまでは食が細い子どもだったんです。原因は幼稚園の先生でした。今思えば、虐待に近いような厳しい指導をされていて、泳げない子を無理やりプールに沈めたり、牛乳を残す子には瓶ごと口にねじ込んで飲ませたり…。みんな怯えてしまい、私も登園しようとすると熱が出たりしていました。そのストレスもあってか、食事もあまり喉を通らなかったんです。

 

でも、小学2年生の担任が「失敗してもいいんだよ。なにごともまずはやってみよう」と背中を押してくれる素敵な先生で。そこから学校が楽しくなり、性格も活発になって、食欲が旺盛になっていきました。

 

── 心の元気を取り戻すとともに食欲が増えていったのですね。ご家庭の食卓はどのような雰囲気でしたか。

 

徳丸さん:うちは祖母が食事を作っていたのですが、食卓には山盛りの大皿料理がドン!と並ぶスタイルでした。家族が残すと、「美味しくなかったんかね。おばあちゃん、もう作るのやめようかね…」と寂しそうに言うんです。その顔を見るのがつらくて、残ったおかずをすべて平らげていたら、どんどん太りだして。気づけば小学6年生で既に60キロ。中学卒業時には身長が156cmで70キロを超えていました。学校の体重測定は本当に憂鬱でしたね。

 

── その後、社会人になって保健師として働き始めてからも、体重はそのまま増え続けていたのでしょうか。

 

徳丸さん:はい。「特定保健指導」という、メタボ改善の指導をする仕事をしていたころ、意を決して体重計に乗ってみたんです。そしたら、体脂肪が43%、体重が89キロという表示が出て。「えっ!?」と驚いて反射的に後ろに下がってしまったので、もしかしたらそれ以上あったかも…。それまで家族に体重を見られるのが嫌で、家でも体重計に乗らなかったんです。ずっと避け続けてきたので現実を突きつけられた瞬間でした。

 

── メタボ改善を指導する立場のご自身が、実は誰よりも指導が必要な状態だったと。

 

徳丸さん:それまでも痩せたい気持ちはありましたけど、とにかく食べるのが大好きで。間食をするわけではないのですが、3食の量が多いんです。白米は2、3食分を1回の食事で食べ、しかも猛烈な早食いで。満腹中枢が刺激されるのは食べ始めてから20分経ってからと言われますが、その前に食べきってしまう。「いただきます」から食べ終わるまで一度も箸を置かない。まあ太って当然ですよね。