空港で見送る妻の「アイ・ラブ・ユー」が決め手だった── 。情熱的な国際結婚を語るエジプト考古学の第一人者・吉村作治さん。ネットで囁かれ続けた離婚原因「チャーシュー事件」の真相とは?噂の真実と、現在は2人の子どもと共にエジプトの地で研究に励む「吉村ファミリー」の絆を伺いました。

帰国直前に告げられた「アイ・ラブ・ユー」

—— TBSで40年近く放送された『世界ふしぎ発見!』などでお茶の間の人気者だった、チョビひげの考古学者としておなじみの吉村作治さん。元奥さんはエジプト人ということですが、出会いのきっかけは?

 

吉村さん:私は早稲田大学時代、エジプトのカイロ大学に留学していました。この留学中に出会ったのが元妻です。留学を終え、エジプトを旅立つときでした。彼女が空港にやって来て、「アイ・ラブ・ユー」と告白してきて、私も、「イエス、アイ・ラブ・ユー」と返し、結婚を決めたんです(笑)。23歳のときになります。

 

—— エジプト人の大部分はイスラム教徒です。

 

吉村さん:彼女との結婚を機に、ムスリム(イスラム教徒を信仰する人)になりました。エジプトで結婚式をやろうと思ったんですけど、親に反対されたため、日本で結婚式を挙げました。当時、外国人と結婚した著名人のひとりとして雑誌グラビアに紹介されたり、テレビの取材も受けたりして、一躍有名に。ちょっと浮かれていましたね。

 

エジプトで重要な発見や発掘を数多く成し遂げ、現地では有名な存在

—— 結婚後はエジプトにお住まいになった?

 

吉村さん:そう。カイロの家で結婚生活を送り、やがて長男、長女が生まれました。その後、35歳のときに離婚を決断したんです。

 

—— ラブラブで結婚され、ふたりのお子さんにも恵まれて幸わせそうに見えますが、離婚のいちばんの理由は何だったのでしょうか?

 

吉村さん:私がエジプト考古学研究に没頭し、発掘調査に夢中になって家庭を顧みなかったからだと思います。発掘資金を稼ぐ目的で大学の授業を持ちながら、テレビなどのメディアにもひんぱんに出演していたため、とにかく家庭での時間がありませんでした。子どもが生まれたときもいなかったし、入学式などの学校行事にも出ていない。カイロの家に帰るのは、1年間で2週間ほどでしたから。