小学生時代に抱いた夢をいったい、どの程度の人が大人になっても追い求めるのでしょうか。小学4年生のころに本で読んだエジプトへの憧憬、クフ王の居場所探しへの探求。「好きだからだよ」と80代になったいまも、年に数回、吉村作治さんは現地の発掘調査へと赴きます。
「バカにされても骨折しても」60年続く発掘作業
—— エジプト考古学者として、マルカタ南遺跡の彩色階段やツタンカーメン王の銘が刻まれた指輪、第二の太陽の船など、重要な発見と発掘を数多く成し遂げている吉村作治さん。初めてエジプトの地を踏んだのはいつだったのでしょうか?
吉村さん:1966年に私を含めた早稲田大学の学生5人と川村喜一先生とで、アジア初となるエジプト調査をスタートさせました。以来、60年余りの月日が経ったことになります。
当時もっともお金がかかったのはエジプトまでの交通費でした。学生だからお金なんてない。航空会社を回ってタダで飛行機に乗せてほしいと交渉したんですけど、どこもダメ。貨物船に切り替えてもダメ。石油を運ぶタンカーに目をつけ、アポなしで訪問して交渉したら、運よく空き部屋に乗せてもらえることになったんですよ。
タンカーに乗り、2週間ほどかけて現地へ。試行錯誤の連続でしたけど、トヨタ自動車から寄贈してもらったジープに乗り、エジプト全土の遺跡を巡りました。その後、ルクソール西岸のマルカタ南地区の発掘権を得て、発掘を開始しました。1971年、日本人として初めてのことです。
—— 歴史的な第一歩を皮切りに、古代エジプトのさまざまな遺跡で発掘調査を行ってきたわけですね。80歳を過ぎたいまも発掘現場に通っているのでしょうか。
吉村さん:コロナ禍の2年間を除いて、1996年から毎年、エジプトに通っています。10年ほど前、発掘調査中に4メートルの高さから転落して左膝を複雑骨折してしまい、車いす生活を余儀なくされた時期がありました。いまもリハビリを続けながら、発掘調査を指揮していて、昨年は5回、現地に行きましたよ。

—— 現在の発掘現場は首都カイロ郊外。エジプト最大となる、クフ王のピラミッドのそばにある「西部墓地」の一角に狙いを定めています。
吉村さん:巨大なピラミッド=クフ王の墓、というのが長らく信じられている定説です。ただピラミッドの内部からは、王のミイラも副葬品も発見されていません。私は墓ではなく、象徴物だと考えています。
ひと昔前ですが、パリ開催のピラミッド・シンポジウムで「ピラミッドは墓ではない」と自説を語ったら、「何言っているんだ」とみんなに笑われ、バカにされました。悔しくてね。ならば証明してやろうと。で、そのカギを握る場所として着目したのが、ピラミッドそばの西部墓地にある「空白地帯」なんです。
西部墓地では貴族の墓が多数、発掘されている。だけど唯一、見つかっていない空白地帯が残されている。そこにクフ王の墓があるのではないか。私はそうにらみ、発掘権の申請を行いました。しかしエジプト政府はこれを却下。当時は何も実績がなかったからです。あきらめきれず、2000年初頭から毎年、申請を続け、ようやく許可されたのが20年後の2023年でした。エジプト考古学研究に長年従事してきた功績が、認められたのだと思います。
早速、発掘を開始し、地中レーダー(GPR)を使った電磁波調査も行いました。最先端の科学技術を導入するのが私のやり方です。誰もやっていないから、いい結果が出る可能性が高いわけです。実際、重要な手がかりを見つけました。いい感触を得て、確信が深まっていますよ。