「トイレに行きたいと言えないくらい、人前で声を出すのが苦手だった」。お笑いコンビ・たくろうの赤木さんは小学生時代から絶望的なコミュ障だったそう。しかし、そんな息子がお笑いの道を選んだときに両親が送ったのは「いい社会勉強になるんちゃうか」という、温かい肯定的な言葉でした。『普通』になれないことを嘆くより、その個性を愛でる。赤木という芸人の原点には、そんな家族の深い眼差しがありました。
電車で「トイレ」と言い出せずおもらし
──『M-1グランプリ』優勝、おめでとうございます!最初から、たくろうさんが優勝するのを確信していました。あんなにおもしろい漫才を作るおふたりは、どんなご家族のもとで育ったのか気になります。
きむらバンドさん:母、3歳下の弟、10歳下の妹の4人家族です。小学生のころに両親が離婚して、父親とは今でも普通に会っているんですけど、母ちゃんがとにかくいい母ちゃんで、小さなころから愛情たっぷりに育ててもらいました。反抗期のときもずっと真正面から向き合ってくれて。今も、母ちゃんはもちろん、弟や妹ともめちゃくちゃ仲がいいです。

── 赤木さんのご家族はいかがですか?
赤木さん:4人家族で、父は大手企業で働いていて、母は介護施設を経営してて、お姉ちゃんは税理士という、僕以外は、かなりしっかりした人たちです(笑)。
特に父がだいぶ厳しい人で、今でも覚えているのが「ヨーグルト事件」。小学生のころ、学校に提出しないといけないプリントを僕が何日か忘れていたんですよ。そうしたら、父から「お前、プリント持ったんか?」って聞かれて。「あー、持った、持った」って返したのに、「ほんまに持ったんか?」って3回くらい同じことを聞かれたから、僕、イラっときて。「持ったって言ってるやん!」って言い返したんです。
そうしたら、そのとき食べていたヨーグルトごとひっぱたかれて。もう、ヨーグルトが床じゅうに飛び散りました。それを、母がサッと立って雑巾を持ってきて黙って拭くという。その場面をすごく鮮明に覚えています。僕は何も言えずに黙っていて。たしか、アロエヨーグルトだった気がします。
── なかなかハードな状況ですね。赤木さんは反抗期だったのでしょうか。
赤木さん:どうでしょう。たしかに僕もあのときは、口が悪かったんですけど。ただ、子どものころは基本的に人見知りで、家でもおとなしかったですね。

小学4年生のころに転校したんです。最初はすごくイヤだったんですよ。ただ、父の影響で巨人ファンだったので、「野球をやらせてくれるなら転校してもいい」って言ったんです。そうしたら転校先でリトルリーグのチームに入れてもらえて、そこから、みんなでグラウンドに集まって野球をする毎日が始まりました。
そんなある日、練習試合の帰りの電車で、すごくおしっこがしたくなったことがあったんです。でも「トイレに行きたい」ってどうしても言い出せなくて…。結局おもらししちゃって。父が一緒だったからどうにかなったんですけど。それくらい、人前で声を出すのが苦手で引っ込み思案な子どもでした。