2024年にデビュー20周年を迎えたゴールデンボンバー。バンドのギター担当として、異常に体を張ったパフォーマンスでライブを盛り上げている喜矢武豊さん。ご両親は就職活動を諦め、バンド活動に明け暮れる喜矢武さんに呆れながらも── 。

3人兄弟の真ん中「なぜか自分だけ性格が違った」

喜矢武豊
幼少期から活発だったという喜矢武さん

── 幼少期はどのような子どもでしたか?

 

喜矢武さん:活発というか、やんちゃでよくふざけていましたね。小学生のころ、住んでいたマンションに進入禁止の半地下のような場所があったんですが、柵をのりこえて入ったことがありました。ひとりで出られなくなってしまって、通りがかった人に助けてもらった記憶もあります。目を離すと何をするかわからない子どもでした。

 

小さいころ、母が僕をおんぶしていて落としてしまったことがあったそうです。そのときテニスボールくらいのたんこぶができたみたいなのですが、母からは「あのときにネジが何個か外れたのかも」と言われていました。

 

── ご兄弟もそのような感じだったのですか?

 

喜矢武さん:3つ上の兄と5つ下の妹がいるのですが、ふたりともまったく違う性格です。特に兄は真逆で、とにかく真面目。どれくらい真面目かというと、幼少期にスーパーファミコンでいっしょに遊ぶじゃないですか。僕はそのまま片づけないんですが、兄は毎回スーパーファミコンをきちんと箱に入れて片づけるんです。母にも「なんでこんなに真逆の性格になったのか」と言われていました。

 

妹もすごくしっかりしていますね。おそらく、母に怒られている僕を見て、反面教師にしていたんだと思います。

 

── どのようなご両親でしたか?

 

喜矢武さん:父は会社員で母は専業主婦でした。母は昔ながらの口うるさいタイプで、僕は「部屋が汚い」「片づけない」とよく怒られていました。父には怒られた記憶がありません。口数は少なかったのですが、子どものころからたくさん遊んでくれる優しい父親でした。休日に「動物園に行きたい」と言えば連れて行ってくれるし、いろいろな場所に家族を連れて行ってくれました。父親の両親が福島に住んでいたので、夏は福島の山や自然の中で遊んだり、冬は雪で遊ぶこともありました。特に父は山が好きだったので、家族でよく山登りに行きました。

 

僕の名前「豊」は、福島県にある飯豊山に由来していると聞きました。父が好きな山で、「豊かな人生を歩んでほしい」という願いを込めて名づけてくれたみたいです。