50代で声が出なくなった時期にしたこと
── 自由を得るまでの「メインディッシュ」の時期、とくに40代、50代は背負うものが多くて息切れしそうになる人も多いです。
イルカさん:わかりますよ。でもそういう時期があるから、自由を得たときにそのありがたみがわかります。「いつか自由が来る」と思えば、目の前の大変さも、自由への準備期間のように思えてくるんじゃないかな。そうやって発想を転換してみると、少しラクになれるかもしれません。
── イルカさん自身は振り返って厳しかったと感じる時期は、いつごろでしたか。
イルカさん:いちばんつらかったのは50代ですね。歌手の命である声が出なくなって「どうしよう…」と。夫の闘病も重なり、私自身も疲労こんぱいで、正直に言えば心が折れない日はありませんでした。
でも、大変だと言っていてもしかたないから「コツコツやるしかない」と、半年にわたる断食、鍼、気功と、できることをすべてやりました。リハーサルでは声が出ないのに、本番では「母音と子音をはっきり、呼吸を深く」と意識して歌うと、不思議と声が出て。スタッフに「嘘ついてるんじゃないか」って、疑われたくらい(笑)。でも、言葉を伝えることが私の歌なんだと認識することができました。
──そんな過酷な状況の中でも、踏んばれたのはなぜでしょう。
イルカさん:幸せの基準がさほど高くないんです。不思議な話なのですが、赤ん坊のころ、ある記憶が鮮明に残っていて。沼に1本の葦(あし)が立っていて、冷たい雨がぽつぽつと降っている。「なんて寂しいんだろう」と思って目が覚めたら、隣に両親がいて「私はひとりじゃない。なんて幸せなんだろう」って思ったんです。
── 不思議な体験ですね。
イルカさん:その感覚が今もずっと続いているんです。だから、ご飯が食べられて、毎日を過ごせる。その土台さえあれば、どんなにつらいことがあっても自分を不幸だとは思いません。40代や50代は大変な時期だと思います。でも、その時期を一生懸命に潜り抜けたときに待っている「甘い時間」を楽しみにしていてほしいですね。
取材・文:西尾英子 写真:イルカオフィス