小学2年生で判明した実母の存在

宮津航一
小学校卒業式に父と記念撮影

── どんな場面でそう思いましたか?

 

宮津さん:小学2年生のときに、生い立ちから現在までの様子を写真とエピソードを交えて紙にまとめる課題がありました。私の生い立ちについては入学前に、宮津家の両親が学校に説明をしてくれていて、私が里子であることは周りに公表しないことになっていました。なので、この課題も先生の配慮で、宿題にしてきていいと言ってくれたのですが、みんなが当たり前に持っている赤ちゃんのころの写真はなかったし、赤ちゃんのころのエピソードも語れません。

 

結局、宮津家の両親と相談して赤ちゃんのころの写真は宮津家の兄から借りて、宮津家にくる前、3歳までのことは覚えていないので、自分で想像で書いて、どうにか提出したんですけど。周りの友達と比較して自分の立場を悲観するよりも、みんなに自分の生い立ちがバレないか、という不安のほうが強かったと思います。

 

── その後、小学2年生のときには、宮津さんの生い立ちについてわかったそうですね。どういった経緯だったのでしょうか?

 

宮津さん:児童相談所の方が私の生い立ちをずっと調べてくれていました。私を「ゆりかご」に預けたのは親戚でした。そこで初めて私の生年月日や正式な名前が判明して。父親の身元は今もわからないままですが、母親は私が生まれて私が5か月のときに交通事故で亡くなっていたことがわかりました。

 

実母の写真を見せてもらうと、私の髪の毛は天然パーマなんですけど、母の髪にもウェーブがかかっていて、「似てるな…」と思ったらグッとくるものがありましたね。周りの人には目元が似ているとよく言われます。すでに母は亡くなっていましたが、母がいなくて悲しいという気持ちよりも、母のことがわかった喜びのほうが大きかったですね。