3歳のときに熊本・慈恵病院にある「こうのとりのゆりかご」(通称赤ちゃんポスト)に預けられた宮津航一さん。小学2年生のときに自身の生い立ちが判明するも、周囲には公表せずに里親の家庭で暮らしていました。しかし高校卒業時に、ある決断をします──。