「僕が死んだらお金もらえるんでしょ?」

── 事業拡大のため忙しくなったと思いますが、お子さんはどうしていましたか?
坪内さん:全国の飲食店への営業で出張が増えたことで、24時間保育を利用していました。朝9時に預けると、翌朝の9時を超えずに保育園に顔を出す必要があります。朝、子どもを預けてから新幹線で大阪に向かい、飲食店を何軒も周って営業をします。翌朝の始発で帰って朝9時に保育園に顔を出し、また預かってもらってから次の営業に出かけ…という感じです。それが難しいときは、社員同士で助け合ったり、シッターを雇ったりするなど、いろんな人に頼める限り頼み込んで、1日1日をやりくりしていました。
── 長時間保育に対して、いわゆる罪悪感みたいなものはありませんでしたか?
坪内さん:実は講演会でこうした話をしたときに「ネグレクトなの?」というようなことを言われたことがあります。でも、食べていかなきゃいけないですし、育てていくためには必要なことでした。当時は必死でしたね。
── そのような大変な時代に、息子さんから衝撃的なひと言を言われたそうですね。
坪内さん:息子が年長くらいのころ、「僕が死んだらお金がもらえるんでしょ?」と言われたんです。「何でそんなこと言うの?」「そんな心配しなくても大丈夫だよ」と伝え、いろいろ話をしましたが、「うちの事情やお金のことを理解しているんだな」「心配をかけているんだな」と受け止めました。寂しい思いをさせていたかもしれないと、それからは息子を連れて商談に行くことも増えました。
── どのくらいの頻度でお子さんを帯同して出張に行かれたのでしょうか?
坪内さん:長男も小学生くらいのころまで帯同することがありましたが、次男はずっと帯同していて年間300泊は一緒でした。特に下の子は1歳半くらいから商談を横で見ているので、「ここでは声出しちゃいけないな」と学んでくれて、小さいころから騒ぐことはなかったです。
── 年間300泊の子連れ出張はすごいですね。商談に連れて行くと先方の反応はどんな感じでしたか?
坪内さん:「えーっ」と驚かれることもあります。しかも商談中に「ママ、うんち」と言われたことがあって…。
── 小さい子だとそうなりますよね。
坪内さん:本当に普通にあるんですよね。そういうときは「あ、ごめんなさい、ちょっと行ってきます」とやりくりするしかありません。でもこれがシングルで会社を経営する私なので、仕方ないかなと思っています。ありがたいことに、取引先は「頑張ってね」とおっしゃってくれる方のほうが圧倒的に多いですね。