2024年12月に惜しまれながらも閉店をした東京・板橋区の中華料理店「丸鶴」。元カリスマホスト・城咲仁さんの実家で、城咲さんと妻の加島ちかえさんも店に立ってお店を支えた時期がありました。しかし疎遠だった親子がそこに至るまでには、加島さんのある「覚悟」があって── 。

義父をリスペクトする夫にかけた言葉

加島ちかえ、城咲仁
城咲さんのご実家である中華料理店「丸鶴」

── 加島さんが結婚されたとき、すでにホスト業界を去っていた城咲さんですが、当時どのようなお仕事をしていらっしゃったのでしょうか?

 

加島さん:2021年に入籍したのですが、仁さんはそれまで14年間在籍していた事務所を退社して独立するという時期でした。テレビショッピングの出演など、芸能の仕事を続けつつ、コンサルや講演会、商品開発などもしていましたし、さらには実家の中華料理屋の引き継ぎについても話が出ていたころでした。

 

── ご実家は東京・板橋区の中華料理店「丸鶴」で、城咲さんが修業していた時期があったそうですね。

 

加島さん:つきあった当初、仁さんは中華料理屋さんを継ぐつもりはなく、ご両親とも疎遠な状態でした。でも私は彼のご両親も大好きで、仲よく絆を再構築してほしい願いがありました。このままだと長年お客さまに愛されてきた歴史がある店が義父の代で終わってしまうし、疎遠とはいえ、仁さんはご両親をリスペクトしているし、だったらそのまま終わると後悔するんじゃないのかと。お店の味は親子の絆の味でもあるし、「お店の味を残すとしたら息子のあなただと思うよ」って。何か仁さんができることがあるのではないかとふたりで話し始めました。

 

そこから、まずは義父と腹を割って話せる関係性にならないと始まらないし、「丸鶴」に関わるのならば中途半端な態度では人様は絶対に納得しないですし、真剣じゃないとほころびが出てしまう。なので入籍して3日後くらいでしたが、住み込み修行のため別居が始まりました。やるなら片手間じゃなくて住み込みで朝から晩まですべて学ぶ覚悟をもってやるほうがいい、と。

 

私は飲食業をしたことないので「継ぐ」という言葉の重みがわからなかったんですけど、仁さんにとっては決して軽く言える言葉ではなかったようです。というのもご両親が1杯300円のラーメンを大変な思いで作って提供し続けたことを知っているからです。仁さんとしては継ぐ、継がないというよりも「親父が1日でも長く厨房に立てるように支えたい。味は俺が鍋を振って残せるように努力します」という姿勢でした。