中国では銀行口座を作るところから大苦戦
── たしかに、話す習慣がないと難しいですよね。いざ留学したら困ることもあったのでは…。
池谷さん:ありました。わりとすぐに壁にぶつかりましたね。奨学金を受け取るために、指定の銀行口座を作りに行ったのですが、銀行の手続きともなると聞き慣れてない単語が結構出てくるんですね。それでかなり手間取ってしまって…。中国語があまりできないというコンプレックスがあったので、窓口の人に申し訳ない気持ちでいっぱいでした。
どうにか手続きを進めてもらったのですが、最後に暗唱番号の入力を間違えてしまって、最初から作り直すことになってしまったんです。窓口の人も怒ったりはしませんが「どうして?」と、驚いた様子で…。でも、それを聞かれても間違えた理由をうまく説明できないし、悔しくて初めて泣きました。これまで一生懸命勉強してきたつもりだったのに、何もできなかった自分が本当に不甲斐なかったです。
── それは心が痛みます…。大学院で授業を受けるのも、大変だったのではないでしょうか。
池谷さん:そこはあんがい大丈夫でした。先生は中国人なんですけど、日中通訳の選考なので日本語もペラペラ。一緒に勉強してる友だちも、日本語を学んだことがある子が多いので、わからないときは日本語で教えてもらっていました。信じられないほどの量の宿題が出るので、授業よりもそっちが大変で。最初の半年くらいは、それをこなすのに精一杯で、遊びに行くような時間はまったくなかったです。

── そんなに大変だったのですね。
池谷さん:はい。ぶっちゃけ、AIとかを使ってズルしようと思えばいくらでもできるんですけど、それだけは絶対に嫌で。友だちには「バカ正直すぎる」と言われました(笑)。
── いったい、どんな宿題が出ていたのですか?
池谷さん:基本的には翻訳です。課題となる音源が、外交官が出席する国際会議とかなんです。「APEC」のようなアルファベットで覚えている固有名詞も、中国語になると本当に何が何だか…。それに、政治的な会合なので、かしこまった言葉遣いをしているんです。それを、ただ翻訳をするだけではなく、音源に合わせて1文ずつ通訳をした音声を録音しなきゃいけなかったり…。
── ものすごく時間がかかりそう…。
池谷さん:でも、それも「好き」でやってることなので、好きなことで苦労できるって幸せだなと思っていましたね。
── 会社員だと、好きなことをするだけでも難しいですもんね。
池谷さん:そうですね。でも、ときどき悩んだりもしましたよ。今の私は「学生」なので、働いていないわけじゃないですか。「働かざるもの食うべからず」という考え方の家庭で育ってきたので、罪悪感みたいなものに苛まれるんです。「社会に貢献してない」と思ってしまって…。
そのぶん、働いている人への尊敬の念も抱くようになりました。毎日出社して、帰ったら家事をするって、本当にすごい。専業主婦だってある意味、子どものためにずっと働いているわけじゃないですか。会社を辞めて留学したことでそれに気づけたので、自分にとって何が大事とか、何が幸せかを考えるいい機会にもなりました。別に答えが見つかったわけでもないんですけど…。なんてったって、ただの学生ですから(笑)。
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中国ならではのトラブルに見舞われながらも、たくましく生活している池谷さん。そんな大学院での生活も、残り約半年となりました。今後は、夫との結婚生活と両立しながら学んだことを活かしてやりたいことがあるそうです。
取材・文/髙木章圭 写真提供/池谷実悠