「反抗期が全然なかった」意外な理由

── ずっとご両親から言われて育った、石塚家の家訓はありましたか?

 

いしづかさん:「勉強ができなくてもいいから、毎日笑顔で学校に行ってくれればいい」といつも言われていました。今でもそうです。「明るく楽しくいられれば、何をやっていても大丈夫」とよく言われます。私は父が家で「疲れた」とか弱音を吐いているのを、一度も聞いたことがないんです。だからこの家訓にも納得というか、楽しんで毎日を過ごす生活に慣れているんですよね。

 

── ご一家の光景が目に浮かびます。いしづかさんは思春期に反抗期はなかったのでしょうか?

 

いしづかさん:全然なかったと思います。というのも、反抗したとしても両親がずっとふざけてるから、あまり反抗する意味がない(笑)。笑いに巻き込まれて終わっちゃうんですよ。うちの両親はすごく仲がよくて、かつ常にテレビがついている家だったんですけど、テレビを見ながらリアクションを取り合う遊びみたいなことをいつもしていたんです。それで私もリアクションを振られるので、イヤイヤながらやると、「うわぁ最高!」とか言って喜んでくれて、ずっと二人で盛り上がっているという。

 

毎日こんな調子なので、反抗している暇がなかったという感じでした。兄は少しくらいは反抗していたような気がしますが、そんな兄でもリアクションを振られたらしぶしぶ応じていましたね。わが家では強制なので(笑)。反抗期が起きにくい家庭ではあったかもしれません。

 

ただ、高校生のころは、友達の家に泊まって帰らないこともありましたね。もちろん親に連絡はしていましたけど、ちょっとお泊まりの回数が多すぎたみたいで、朝帰ってくると家の門の鍵が閉まっているという罰は何回かありました。よじ登って帰ると親から「近所の人たちに恥ずかしいからやめて」って言われて(笑)。それからは素直に気をつけるようになったので結局、両親の狙いどおりになっちゃいました。