里親として事情により親と暮らせない子どもと生活しながら、里親家庭を支援する活動もしている齋藤直巨(なおみ)さん。里親を志したきっかけは第2子を流産したことだったといいます。そして、初めて預かった2歳の里子との生活は、わずか2か月ながらも壮絶なものでした。
「今、もうひとりなら育てられる」
── 齋藤さんは現在、大学生の女の子を里親として養育しているそうですね。里親に興味を持ったきっかけを教えてください。

齋藤さん:私が子どものころは、「子どもは親の言うことを聞きなさい」という言葉に表れているように、子どもの意見なんか聞かない昭和の考え方がまかり通っていたように思います。「子どもにも意見があるのに」と、納得できなかったんです。だから、自分が大人になったら、それとはまったく違う、子どもをひとりの人間として尊重するような子育てをしてみたいと思っていました。高校生のころに、ニュースで不妊治療のことを取り上げられているのを見て、もし子どもに恵まれなかったら、里親として子どもを育てさせてもらいたいと、なんとなく考えていましたね。
その後、結婚して長女を授かりましたが、2人目を流産してしまったんです。流産する前にはひどい痛みがありましたが、子どもを守るために痛み止めの薬も使えず、もがき苦しみました。親としてどんなに頑張っても、会うことも、抱きしめることもできない2番目の子の存在を通して、今、生きている子どもたちの命がいかに尊いものか、あらためて痛感しました。人は本当に奇跡の連続で生きている、ということがよくわかったんです。このとき、「親と離れて暮らして生きている子どもたちの力になりたい」というぼんやりした気持ちが浮かびました。
── 2人目を流産した後、すぐに里親の登録をされたのですか?
齋藤さん:いえ、実はそのあと再び妊娠して、次女を出産したんです。ただ、今度は切迫流産を経験し、半年間寝たきり状態だったこともあり、産後しばらくは里親どころではありませんでした。
転機となったのは、次女が1歳になったころです。将来の介護も見据えて義母との2世帯同居を始めたのですが、義母が私と家族を本当に温かく見守ってくれて。義母の献身的なサポートのおかげで、子育てのルーティンがすごく安定しました。外界から切り離され、ただただ子どものめんどうを見て、日が暮れていく日々。そのなかで、子育てだけに向き合える純粋な時間が生まれていると実感したんです。
この状況が保てている今なら、もうひとり育てられるんじゃないかと感じました。それで、児童相談所に電話したんです。それから約1年後、長女が小学2年生、次女が3歳のときに、短期里親として2歳の女の子を1か月間預かることになりました。