逃げたことへの後悔は今もまだある

JOY
仕事でもプライベートでもサッカーを楽しむJOYさん

── その後、どうされたのですか?

 

JOYさん:そのときも、両親は「あなたが決めたことだから」と反対はしませんでした。通信の高校に移ってからは、好きなサッカーもやらない生活で、なんとなくその日を過ごす毎日でした。バイトをして友達とつるむという感じで、目標はなかったように思います。その当時はそういうものだと思っていたし、あまり将来のことも深く考えていませんでした。

 

── そうだったんですね。

 

JOYさん:ただ、大人になってから「あのときサッカーを続けていたら…」と思うことは多々あります。もちろん続けていたからといってプロになれたわけではありません。でも、逃げるようにサッカーを辞めてしまったことへの後悔はやはり強いです。もっと食い下がっていたら別の道もあったのかな?と思うことはあります。サッカーをずっとやっていたかったという心残りがありますね。

ギャルモデル時代はただ毎日が楽しくて

JOY
ギャルモデルとして活動していた当時

── ギャルモデルとして活動を始めたきっかけを教えてください。

 

JOYさん:もともとファッション雑誌が好きで『men's egg』などを読んでいました。サッカーを辞めて、毎日なんとなく過ごすなかで、当時モデルをしていた姉のツテで『men's egg』に呼ばれたんです。最初は“スーパー高校生”という形で紹介されました。そこから特集ページのモデルとして呼ばれるようになり、毎月誌面に出させてもらうようになりました。『men's egg』はずっと読んでいた憧れの雑誌だったので、うれしかったですね。

 

── いきなり大活躍だったんですね。

 

JOYさん:『men's egg』に毎月出られてうれしかったんですが、月に2〜3回の稼働で1日拘束されて、ギャラは3000円〜5000円の世界でした。だから高校卒業後は、モデルの仕事を続けながらアパレルの会社で社員のような形で働いたり、地方のイベントに呼んでもらったりして生活をしていました。

 

── 毎日どのように過ごされていたのですか?

 

JOYさん:不安定な仕事ではありましたが、とにかく楽しかったですね。仕事がある日はモデル仲間と撮影に参加して、撮影のない日はモデル仲間とみんなで遊んで…という感じです。振り返っても楽しい思い出しかないです。『men's egg』に出ること自体が自分の目標みたいなところがあったので、それ以上の夢や目標もなく、ただ楽しい毎日を送っていました。