浅草で観光人力車を運営する「東京力車」は『ザ・ノンフィクション』など、テレビ出演でも話題です。同社で働く学生バイトが就活を始めると、大手企業にも引っ張りだことか。西尾竜太社長による徹底した研修と理念に人間力を育てるヒントがありそうです。
働き始めるのに2年かかる人も
── 西尾さんが運営する浅草の観光人力車「東京力車」では、お客さまを乗せるまでに厳しい研修があるそうですね。実際にお客さまを乗せて業務にあたれるようになるための卒業検定の合格率は約10%。合格するまでに2年かかる人もいるとのこと。こうした研修のお話を伺うだけでも、ストイックな社風であることが伝わります。
西尾さん:当社は観光人力車を運営しています。いちばんの目的は、「お客さまに最高の体験を提供する」こと。人力車はあくまでその目的を達成するツールに過ぎません。人力車を引く俥夫(しゃふ)たちはみな、お客さまに「最高に楽しかった!」と喜んでいただくために、全力を尽くすことが求められます。
たとえば、「10分で浅草の名所を効率よく回りたい」と言われたら、即座にそのご要望にお応えします。あるいは、「ほかの人が行かないような穴場をたくさん知りたい」という方がいれば、それに添った内容やルートでご満足いただくよう回っていきます。 そのためには、ご要望に合ったオーダーメイドの観光プランを提案できることが大前提。自分のおすすめを押しつけるのではなく、つねにお客さまが求めていることを考えなくてはいけないんです。
お客さまに最高の思い出をお届けするため、どんな質問にもすぐ答えられるのが当たり前です。そのために浅草を隅々まで把握したり、いま自分たちが仕事をしている浅草の歴史を学んだりする必要もあります。安全にお連れするために運転技術を磨き、道路交通法も頭に叩きこまないといけません。多くのことを学ぶ必要があるからこそ、厳しい研修を実施しているのです。卒業検定では僕自身がお客さま役として人力車に乗って、営業方法から観光案内の様子、車の走らせ方まで、すべてをチェックします。

── なるほど。厳しい研修を合格した俥夫のみなさんは、知識や運転技術はもちろん「すべてはお客さまのため」という理念が身についているんですね。
西尾さん:ただ、口で言うのは簡単でも、実際にお客さまに喜んでいただくのはとても難しいです。なぜなら「これが正解」という模範解答がないからです。たとえば、お客さまがカフェに立ち寄りたい場合、「にぎやかな雰囲気を楽しみたい」という方もいれば、「静かな場所でゆっくりしたい」という方も。
お客さまによって求めていることがまったく違うなかで、どうしたら喜んでいただけるか、自分の頭で考え、模索しなくてはいけないんです。ここにつまずく俥夫は少なくありません。正直なところ、「人力車を走らせてみたい」「お金を稼ぎたい」といった志望動機の人は、俥夫を続けるのが難しく、辞めてしまう場合も…。