「残高ゼロ」になってうれし涙が出て

── どんな変化が起きたのでしょうか?

 

西尾さん:みんなから喜ばれ、僕の評価が上がっていくんです。「ほかの人が嫌がる仕事もどんどん取り組むし、よく頑張っているな」と。仮眠をしても嫌な顔はされないように。それに、人に喜ばれると自分もうれしくなる感覚を初めて知りました。不思議なもので、「みんなをもっと助けるには何ができるか」と、率先して人のために動けるようになっていくんです。すると、周囲からさらに重宝がられ、昇給までしていって。正社員のお誘いもいただき、すべてがプラスに動き始めました。

 

お客さまを乗せて車道を走るため、安全には万全の注意を払う

── 多額の借金をして、人生のどん底を見たからこそ得た学びだったのですね。

 

西尾さん:2年間必死で働き、28歳のとき、ようやくすべての借金を返し終えました。ATMで最後の支払いを終えたとき、借金がなくなり、資産もゼロになりました。「ようやくマイナスがなくなった!」と、うれしくて涙が出ました 。ふつうは「残高や資産がゼロ」の状態って、つらいと思うんですよ。でも、僕はそれまでずっと借金だらけ。やっとスタートラインに立てたと感慨深かったです。借金返済に加えて「人のために働くと、すべてがいい方向に回り出す」ことを実感できたのは、得難い経験でした。

 

現在、僕は浅草を中心に「東京力車」という観光人力車サービスを運営しています。最初にお話ししたとおり、モットーは「お客さまのために働く」です。お客さまに喜んでいただくことで、僕たちもやりがいを得られ、充実した気持ちになります。こうした思いが伝わるのか、ありがたいことに年間乗車人数が約5万4400人を突破しました。たくさんの方に支持をいただいています。当社で働きたいという希望者も多く集まってくれて。「人のために働くのは楽しい」と、多くの人に伝わっている手応えを感じる毎日です。

 

取材・文/齋田多恵 写真提供/西尾竜太