いまやクリスマスソングの定番となった『サイレント・イヴ』の大ヒットで音楽活動が軌道に乗った歌手の辛島美登里さん。大事なコンサートを控えた前日、脳梗塞を発症していたお父さんの容態が悪化し、兄から「父が危篤だ」と連絡が入って── 。(全3回中の2回)

ホテルに着いた夜に兄から電話が

辛島美登里
仕事の合間に甘いものを補給する辛島さん

── 辛島さんは両親と兄の4人家族で育ち、大学卒業後は音楽活動をするために上京。クリスマスソング『サイレント・イヴ』の大ヒットによって音楽活動が軌道に乗っていきますが、後にお父さまが認知症と脳梗塞を発症しました。1回目の入院は1か月程度で退院し、その後は自宅で4、5年療養生活を過ごしますが、再び状態が悪化して2回目の入院にて、81歳のときに病院で亡くなったと聞いています。お父さまが危篤状態にあったとき、翌日にコンサートを控えていたタイミングだったそうですね。

 

辛島さん:父は、亡くなるちょっと前から体調がどんどん悪くなっていって、「今日は大丈夫だった」「また悪くなった」と兄から連絡を受けていました。いよいよ危ないかな…と思っていたときに、ちょうど岡山でコンサートがあって、前泊するために現地に向かっていたら、また兄から連絡がきて「父が危篤だ」と。その後、ホテルに着いて夜中に再び兄から連絡が来て「今、お父さんを看取った」と言われました。

 

父が亡くなったショックと、すぐに実家に駆けつけられないもどかしさ、そして翌日は大事なコンサートが控えている状況で、どう気持ちを保ったらいいのかわからなくて。できればコンサートが終わってから兄から連絡をもらいたかった、と兄に対して身勝手な憤りも湧いてきたんです。でも兄は兄で長男として妹に伝える義務があっただろうし、初めて家族の死に直面して誰かに言わずにいられないほど、心細い気持ちもあったのかもしれません。翌日午後3時からコンサートがありましたが、その日はまったく眠れませんでした。